インド西部アーメダバードで発生したエア・インディア機墜落事故では、これまでに270人の死亡が確認されている。「なぜ」。突然、愛する家族を失った遺族からは、悲痛な思いが漏れる。
バダサブ・サイードさん(60)は、弟のイナヤトさん(48)が妻と2人の子供と共に墜落機に搭乗していた。アーメダバード出身のイナヤトさんは、英ロンドンでソフトウエアエンジニアとして働いていた。学生の頃から優秀で温厚な性格。親族の間でもめ事があれば英国からでも仲裁に入り、一族の「支柱」のような存在だったという。
イナヤトさんの一族はイスラム教徒で、イスラム教の行事を祝うために家族で帰省していた。オーストラリア・シドニーで暮らすバダサブさんも帰省しており、家族水入らずの時間を過ごしたばかりだった。
休暇を終えて英国にUターンするイナヤトさんらを、トラブルが襲った。当初はアーメダバードから首都ニューデリーを経由してロンドンに飛ぶ航空券を用意していたが、直前にフライトがキャンセルになったという。彼らは急きょ便を変更し、墜落した直行便を利用することになった。
アーメダバード空港に到着したイナヤトさんから、バダサブさんに電話がかかってきた。普段と変わらぬ様子で、親族の誕生日を祝うために「12月にまた会おう」と約束した。空港で撮影して送ってきた家族の写真は幸せそのものだった。
インド航空機墜落事故で犠牲となったイナヤト・サイードさん一家。離陸前に撮影された幸せそうな家族写真。
ところがエア・インディア機は離陸からわずか1分ほどで墜落。イナヤトさん一家は帰らぬ人となった。「体が凍り付き、涙があふれた」。アーメダバードから一足先に豪州に戻っていたバダサブさんは、墜落の一報を聞き、急遽再び帰省した。「もし便が変更にならなければ弟一家は助かっていたのではないか」。バダサブさんにはやるせない思いが募る。
インド航空機墜落事故で建物に突き刺さったままの航空機の尾部。事故の衝撃の大きさを物語る。
バダサブさんのもう一人の弟ワリスさん(38)は遺体が収容されている病院に出向いてDNAのサンプルを提供した。身元確認作業を待っている。「かなり待たされており、本当に心が痛む」。ワリスさんの目から涙がこぼれた。一刻も早くイナヤトさん一家の遺体を引き取りたいと、アーメダバードの自宅と病院の間を確認のため一日に何度も往復している。
墜落を巡っては14日、ナイドゥ民間航空相が記者会見し、飛行データを記録した「ブラックボックス」を回収していると明らかにした。その分析を通じて原因を明らかにし、再発防止につなげる構えだ。またDNA型鑑定が終わり次第、遺体を遺族に引き渡す方針も示した。
インド航空機墜落事故は、多くの家族から大切な命を突然奪った。遺族は深い悲しみの中、身元確認と事故原因の徹底究明を待ち続けている。