このところ、日本の大手企業の間で社員の早期退職を募集する動きが急速に広がっている。この傾向の大きな特徴は、赤字が続く企業だけでなく、黒字経営を維持している企業までもが大規模な人員削減や早期退職制度を導入している点にある。背景には、トランプ政権下の関税政策に端を発する世界的な経済環境の不確実性の高まりに加え、新型コロナウイルスのパンデミック収束後の経済活動本格化に伴う企業間競争の激化がある。
東京商工リサーチの調査によると、2025年1月から5月にかけて、上場企業が実施した早期・希望退職の募集人数は、前年同期と比較して約2倍に急増した。ジャパンディスプレイや日産自動車といった業績不振の企業が人員削減に踏み切るのはある意味で予想される動きだが、今回、特に市場の注目を集めているのが、直近の決算が黒字であるにもかかわらず、大規模な人員削減計画を発表したパナソニックホールディングスである。
パナソニックHDは、国内で5000人、海外で5000人の合計1万人規模という大幅なリストラ策を打ち出した。これは、旧松下電器産業時代の2001年に実施された1万3000人削減に次ぐ規模となる。しかし、今回は「黒字リストラ」という点で、前回とは性質が異なる。
パナソニックがこのように大規模な人員削減に踏み切った最大の理由は、人件費を中心とした販売費および一般管理費(販管費)の負担の重さにあるとされている。同社の株価は、競合するソニーグループなどと比較して長期的に低迷が続いているが、その主因の一つが、同社特有の高コスト体質にあると考えられている。
日本の大手企業で進む人員削減や早期退職の対象となりうる従業員のイメージ
パナソニック高コスト体質の背景にあるもの
ソニーグループとパナソニックHDの財務状況を比較すると、製造原価に関しては両社に大きな差は見られないことが多い。しかし、営業利益率においては、パナソニックがソニーに大きく水をあけられている現状がある。パナソニックは、今回の早期退職や大規模な人員削減によって販管費を圧縮し、収益率の向上を図る意向だ。短期的な視点で見れば、コスト削減は一定の効果をもたらす可能性が高い。しかし、これが中長期的に抜本的な業績改善につながるかについては、不確実性が残る。
パナソニックの人件費比率が高いのは、単に人員が過剰であるという理由だけではない。同社の事業モデルが、依然として従来の製造業のスタイルから完全に脱却できておらず、人材の活用効率が相対的に低い構造になっている可能性があるためだ。
ソニーと比較する事業構造の差
一方、ソニーグループは、高収益を上げている金融事業をグループ内に抱えていることに加え、音楽や映画、ゲームといったコンテンツ事業が好調に推移しており、これらの事業は比較的少ない人員で大きな収益を稼ぎ出すことが可能な体質を確立している。
これに対し、パナソニックの事業構造は、依然として多大な人員を必要とする従来の製造業が中心となっている部分が大きい。このため、構造的に人件費が収益に対して過大になりやすいという課題を抱えている。つまり、同社の収益率の低さは、コスト構造だけでなく、ビジネスそのものに起因する部分が大きいと解釈することも可能であり、人員削減はあくまで表面的な「対症療法」にとどまる可能性がある。
両社の株価パフォーマンスに差が生じているのは、投資家がこうした事業構造に起因する収益力の差を厳しく評価していることの表れにほかならない。長期的な企業価値の向上と株価の上昇を実現するためには、単純な人員削減に留まらず、事業ポートフォリオの見直しを含めた抜本的な事業構造の転換に踏み込むことが不可欠となるだろう。
今後の日本企業に求められること
世界経済には、再びトランプ関税のような保護主義的な動きが逆風となって吹き始めており、企業を取り巻く環境は一層厳しさを増している。このまま既存の事業構造を維持するだけでは、多くの企業の業績が低下していく可能性が高い。今後、各社がトランプ関税のような外部環境の変化にどう対応し、自社の事業構造をどれだけ最適化できるかによって、企業の業績には明確な差が生じてくることが予想される。
いずれにせよ、コロナ禍によって停滞していた経済活動が本格的に再開されることは確実であり、市場における企業の「優勝劣敗」、すなわち勝ち組と負け組の選別が、今後さらに鮮明になってくることは間違いないだろう。企業は、コスト構造の見直しに加え、将来を見据えた事業構造改革を加速させることが求められている。