菅直人政権の誕生で、再び民主党は国民の期待を呼び戻した。遅すぎた退陣とはいえ、鳩山由紀夫前首相が小沢一郎前幹事長と心中したことが功を奏したようだ。
しかし今回の交代は、国政の歴史的転換には値しない。民主党内部の権力闘争、つまり小沢勢力が退き、非小沢勢力が制覇しただけの「コップの中の嵐」にすぎないのだ。党内の同志を封じ込めることで党や首相(党首)の人気を上げる行為は邪道だ。自民党もやってきたことではあるが、残念ながら民主党も政権を取れば同じことを繰り返したことになる。
菅首相は市民勢力を背景に生まれた「市民派政治家」であり、支持基盤はない。首相を誕生させたのも、政治目的を共有した同志の集まりではなく、「反小沢」という共通目標で集まった集合体でしかない。
菅政権のよりどころは、党内の勢力よりも国民的支持にある。これだと、国民への気配りに相当なエネルギーを費やさざるを得ず、目指すべき政治というものに集中できなくなる。
また、首相には指導力や牽引(けんいん)力も備わっていなければならないが、市民派政治家というものは政権を側(そば)で支える構成員に頼らざるを得ない傾向にある。しかも、政権の要となる仙谷由人官房長官も枝野幸男幹事長も党内に強力な支持基盤があるとはいえず、党内に強い基盤を持たない菅政権は突然に崩壊を迎えることもありうる。
鳩山前首相には、一定の支持基盤に加え、小沢氏という強力な後ろ盾があった。それでも、鳩山氏は目指すべき日本の座標軸や主張を明確にできないまま国政を運営してきた。米軍普天間飛行場移設問題で足を取られると、小沢氏から離れて独自性を出そうとして、つまずいた。
菅首相も、本格的政権を目指すなら、国民的支持に頼るばかりとはいかず、9月の民主党代表選を機に小沢氏の力を借りねばならないだろう。トップとしての目標は挙党一致である。
「しばらく静かに」と菅首相から求められた小沢氏は、参院選が終わるまでは堪忍袋の緒を切らずに自重するだろう。しかし、小沢氏が整えてきた参院選に民主党が勝利すれば、同氏の発言力や権威は見直される。いつまでも小沢氏が自重する保証はない。
小沢氏を政権に迎えることは、現体制との軋轢(あつれき)を生む。かといって、党内の支持基盤を持たない菅氏が、その後も「脱小沢」を続ければ、小沢氏は政権を揺さぶってくるだろう。
政策課題も少なくない。
民主党は子ども手当や高校授業料無償化など、いわゆるバラマキ政策を相次いで唱えた。これでは、財政がもたないのは自明のことだ。平成23年度予算編成は大問題になる。菅首相は消費税率引き上げに前向きとされるが、参院選で税率を具体的に打ち出していけるのか。普天間問題は、「県外移設」の約束を破り、元のもくあみに戻った。あらゆる手段を使って沖縄県民の信用を得ていく努力ができるのか。
菅政権はこれらの矛盾を抱え込んだまま、政権を運営しなくてはならない。それが今後の政界全体にどう影響していくか、注視しなければならないだろう。(なかそね・やすひろ)
<2010/06/11(金) 東京本紙朝刊 朝1面掲載>