高校中退後の若者 自立への道:地域消防団が提供する「居場所」の可能性【事例】

近年、「小学生の25人に1人、中学生の10人に1人が不登校」と言われるなど、子ども・若者を取り巻く環境は複雑化しています。彼らが学校を離れた後、どのように社会と関わり、自立への道を見つけるかは、社会全体で考えるべき課題です。40年以上にわたり教育相談に携わってきた海野和夫氏の著書『不登校を克服する』(文春新書)では、様々な困難を乗り越えた事例が紹介されています。本記事では、高校を中退し無為な日々を過ごしていた一人の青年が、地域活動を通じて新たな「居場所」を見つけ、社会参加へと踏み出した事例をご紹介します。これは、学校という枠を超えた若者支援の可能性を示す示唆に富むケースです。

事例:高校中退後の19歳男性が地域で見つけた居場所

挫折と無為な日々

この事例の男性は、高校2年生の時に喘息やアトピー性皮膚炎が悪化し、学業に集中できなくなりました。学力不振に陥り、希望していた大学への進学が困難になったことから、次第に登校意欲を失い、学校を休むようになりました。進学校だったため、両親からは登校を強く勧められましたが、応じることができませんでした。最終的に出席日数が不足し、学校から休学、退学、進路変更の選択肢を迫られた結果、高校を退学することになりました。この決定に対し、両親は深く嘆きました。

高校を退学して2年が経過した19歳の時、男性は毎日を目的なく過ごしていました。母親は息子がこのまま引きこもり状態になることを深く懸念していました。

不登校や高校中退を経験した若者のイメージ 窓の外を見つめる不登校や高校中退を経験した若者のイメージ 窓の外を見つめる

母の相談と近所の消防団

息子の状況を案じた母親は、近所で自営業を営む男性に相談を持ちかけました。この男性は地域の消防団に関わっており、母親からの相談に対し「消防団に入ってみないか」と提案しました。男性青年は、この人物との一度の面接で消防団への入団を決めました。入団の決め手となったのは、面接した男性が青年の目をしっかり見て語った「人の役に立て」という一言でした。この言葉が、無為な日々を送っていた青年に新たな視点と動機を与えたのです。

消防団入団の決断と社会参加

18歳を過ぎていた青年は、正式に役所から入団が認められ、特別職の地方公務員となりました。消防団は地方公共団体の消防組織とは別に、地区ごとに分団が多数設置されており、さらにその下に「部」が置かれています。青年が入団したのは、ある地区の「第〇〇分団第〇部」でした。入団後、面接してくれた男性は「部長」と呼ばれており、部の団員は青年を含めて14名でした。詰所には消防自動車が1台配置されています。

消防団での活動内容

消防団員の主な仕事は、火災発生時の出動です。出動地域は通常、所属する分団の地域かその近隣です。火災出動以外にも、様々な地域活動があります。毎月1回のポンプ点検、春と秋に行われる火災予防運動の一環としての地区内見回り、年明けの出初式への参加、地区のお祭りでの警備や交通整理、冬季の「火の用心」を呼びかけるための消防車での夜回り、詰所の清掃など、活動内容は多岐にわたります。これらの活動のため、詰所へ出向く機会は案外多くあります。

結論

この事例は、学校を中退し社会との繋がりを失いかけていた若者が、地域の消防団という非伝統的な形で社会参加を果たし、自立への一歩を踏み出した軌跡を示しています。彼は「人の役に立つ」という明確な目的を見つけ、地域活動を通じて具体的な役割と居場所を得ました。これは、不登校や高校中退を経験した若者にとって、必ずしも学校や一般的な就職だけが道ではなく、地域社会の中にも彼らを受け入れ、成長を促す多様な「居場所」が存在しうることを教えてくれます。このような事例は、困難を抱える若者への支援を考える上で、地域資源を活用した多角的なアプローチの重要性を示唆しています。

参考文献

  • 海野 和夫. 不登校を克服する. 文春新書, 2023.