奨学金に対する見方は、個々人や世代によって大きく異なります。「将来への投資」として肯定的に捉える人もいれば、特に結婚や家庭を持つ段階で「借金」としての側面を強く意識する人もいます。この認識のギャップは、時にパートナーやその家族との間に摩擦を生じさせます。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏の考察を交えつつ、奨学金 返済が結婚や家計に与える現実的な影響、すなわち借金としての重みについて掘り下げます。
結婚話で浮き彫りになった「奨学金=借金」の壁
都内在住の会社員・Aさん(32歳)は、2年前、結婚を考えていた現在の夫に奨学金を返済中であることを打ち明けた際、思いがけない反応に直面しました。「え、そんなに借金があるの?」と夫は驚きを隠しませんでした。Aさんは大学進学時に日本学生支援機構の第二種奨学金を利用しており、当時の残債は約270万円でした。Aさんの兄や姉も奨学金を借りて大学に進学しており、高校時代の友人も多くの人が利用していたため、Aさん自身は「奨学金は進学のための当然の、必要な手段」とごく自然に考えていました。
しかし、結婚を控えて将来のライフプランについて話し合う中で、夫とその家族からは「奨学金とはいえ、結局は借金ではないか」「いつまで返済が続くのか」「家計にどれほど影響するのか」と問い詰められることになります。この経験を通じて、Aさんは「世間では奨学金が単なる“借金”として見られているのだ」と痛感し、大きなショックを受けました。話し合いは難航し、一時は夫の両親から「息子との結婚は諦めてくれ」とまで告げられ、婚約破棄寸前まで追い詰められたのです。しかし、夫は徐々に理解を示し、「一緒に乗り越えよう」と言ってくれたことから、当人たちの愛を信じ、夫の両親の反対を半ば押し切る形で結婚に至りました。「進学のために借りた正当な支援のはずなのに、“負債”として扱われたのは本当につらかったです」とAさんは振り返ります。
奨学金返済や将来の家計について話し合い、悩む若い夫婦のイメージ
返済と子育て、仕事の両立で直面する「奨学金」の現実的な負担
現在、Aさんは夫と2歳の息子とともに都内で暮らしています。産休・育休を経て職場に復帰し、現在は時短勤務の正社員として働いています。大学時代に借りた奨学金の総額は約480万円に上り、毎月の返済額は約2万5,000円です。現在のペースで返済を続けると、完済はAさんが43歳ごろになる見込みです。
Aさんは日々の生活の中で、将来への不安を感じています。物価は上昇しているにもかかわらず、給料はなかなか上がらない現実があり、今後必要になる保育料、教育費、住宅費、さらには親の介護費用などを考えると、家計に余裕があるとは言えません。現在の生活も決して楽ではない中で、月々約2万5,000円の奨学金返済は、やはり重い負担となっています。
さらに、Aさんには「夫に返済を手伝ってもらっている」という精神的な負い目もあります。実際には夫が家計全体を支える中で奨学金返済分も含めてやりくりしており、夫婦で協力しながら生活していますが、Aさんは「自分が背負うべき負担を夫にもかけている」と感じてしまうと言います。結婚前に「借金がある人」として見られた経験から、「借りたくて借りたわけではない」「自分だけの責任ではない」という思いが強く残ってしまったことも、この負い目を助長しています。特に、本来であればキャリアを築くための稼ぎどきである30歳代で産休・育休を取り、現在も時短勤務であることに対し、「奨学金の負担がなければ、もっと違った選択ができたかもしれない」という、やるせなさを感じることもあるそうです。奨学金が、個人のキャリア形成にも影響を与えている現実がここにあります。
奨学金は、単なる「学びのための費用」ではなく、人生の重要な局面、特に結婚や子育てにおいて「借金」として重くのしかかる現実があります。経済的な負担に加え、精神的な負い目やキャリアへの影響も無視できません。本記事で紹介したAさんの事例は、多くの奨学金利用者が直面しうる、社会全体で考えなければならない問題を示唆しています。社会全体でこの問題への理解を深め、個々人が抱える返済の負担を軽減する方策、そして奨学金利用者に対する偏見をなくすための取り組みが求められています。