イスラエル、イラン最高指導者ハメネイ師暗殺計画 ネタニヤフ・モサドの戦略と米国の反対

イスラエルのネタニヤフ首相は、イランの最高指導者であるハメネイ師の暗殺計画を企図していたとされるが、米国のトランプ大統領の反対により実行が見送られた可能性がある。中東情勢の緊迫が続く中、イスラエルの情報機関モサドの活動と、それに伴う国際的な影響への関心が高まっている。専門家はこの計画の背景と、米国が介入した理由を分析する。

イスラエルのネタニヤフ首相とイラン最高指導者ハメネイ師の画像、暗殺計画の報道に関連イスラエルのネタニヤフ首相とイラン最高指導者ハメネイ師の画像、暗殺計画の報道に関連

日本大学危機管理学部の小谷賢教授(国家機密専門)は、ハメネイ師の殺害がイラン国内を「収拾がつかない混乱」に陥らせ、米国が誰と交渉すべきか相手を失う状況を招くと指摘する。米国は、この混乱が新たな戦争を引き起こすことを強く懸念したとみられる。

「暗殺」行為の定義と国際法上の位置づけ

「暗殺」とは、主に政治的立場や思想の違いから、要人を秘密裏に殺害する行為を指す。権力ある人物を排除し、その後の世界を変えようとする「殺人行為」であり、通常であれば重罪にあたる。しかし、国家が関与する「暗殺」については、国際法上で明確な定めがない「グレーゾーンの活動」であり、成功すれば外交問題に発展しないケースもあると小谷教授は解説する。

イスラエルの大規模攻撃と重要人物排除

発端は、6月13日にイスラエルがイラン国内100カ所以上に対して行った大規模空爆だ。この攻撃では、イランの各関連施設や軍事施設が破壊されると共に、重要人物がピンポイントで標的とされた。イラン革命防衛隊や軍の高官、核開発に携わる科学者など、多くのキーパーソンがこの時一斉に殺害されたとされる。

革命防衛隊・科学者の殺害

イスラエルは以前からイランの軍事・核関連施設の破壊や、関係者の排除を試みてきた。今回の攻撃は、この戦略をさらに推し進めるものだった。

シャドマニ司令官殺害の衝撃

さらに、6月17日には首都テヘランの軍総司令部が攻撃され、「ハメネイ師に最も近い人物」とされたアリ・シャドマニ最高司令官の殺害がイスラエル側から発表された。これはイランの指揮系統に深刻な影響を与える可能性のある動きだ。

世界最強の諜報機関「モサド」の役割

これらの殺害作戦を主導したのは、完全にイスラエルのネタニヤフ首相の指示によるものとみられており、その実行には対外情報機関である「モサド」が深く関与していると小谷教授は見解を示す。モサドは「世界最強の諜報機関」として知られ、イラン国内に多数のエージェントが潜入している可能性が高い。彼らは協力者を雇い、標的の所在を確認した上で、空爆による殺害や、工作員による直接的な暗殺を実行すると考えられる。

モサドの組織と活動内容

モサドの素性について小谷教授は、「外国での情報収集や、必要に応じた特殊工作を行う組織。非常に優秀な少数精鋭部隊であり、特に暗殺や破壊工作に重点を置いている」と解説する。米国や欧州の情報機関が特殊工作に慎重な姿勢をとるのに対し、モサドは海外での特殊工作を頻繁に行っている点が特徴だ。

特殊工作員のリクルート方法

では、どのような人物がモサドの特殊工作員となるのか。小谷教授によれば、モサドは自ら応募するのではなく「他薦の組織」だという。「自分で応募してくる者はスパイの可能性がある。軍の上官や戦友が『この人物は優秀だ』と推薦し、モサドに入隊する」。この独特な採用方法は、組織の信頼性と秘匿性を高めるためのものとみられる。

モサドによる過去の主な暗殺作戦

実際に、イスラエルの諜報機関はこれまで数多くの暗殺計画を実行してきたとみられている。

「神の怒り作戦」(ミュンヘン事件報復)

代表的な事例としては、1972年のミュンヘンオリンピック事件への報復として実行された「神の怒り作戦」がある。モサドはこの作戦で、事件に関与したパレスチナ過激派組織「黒い九月」のメンバーを世界中で追跡し、1979年までに20人近くを殺害した。

イラン核開発関係者への攻撃(ファクリザデ氏など)

イランの核開発阻止においては、2020年に核開発の中心人物とされるモフセン・ファクリザデ氏をテヘラン近郊で襲撃・殺害した。この他にも、核開発に関わる科学者数人が暗殺されており、イラン側はイスラエル政府やモサドの関与を強く主張している。

ハマス・ヒズボラ幹部殺害(アルーリ氏、ナスララ師)

近年では、2024年1月にレバノンのハマス関連施設をドローン攻撃し、ハマスの政治部門ナンバー2であったサレハ・アルーリ氏を殺害。これは2023年10月のハマスによる大規模攻撃への報復とみられている。また、レバノンを拠点とするヒズボラとの衝突激化の中、同年9月にはベイルート郊外のヒズボラ司令部を空爆し、最高指導者ナスララ師を殺害した件については、イスラエル軍が作戦を公式に認めている。

なぜイスラエル国内は情報機関を支持するのか?

このような暗殺や特殊工作を繰り返す存在であるモサドなどの情報機関に対し、小谷教授は「彼らのおかげでイスラエル国内でテロが起きたりしない」という認識が国民に根付いており、高い支持を得ていると指摘する。

テロ阻止への貢献と国民の意識

情報機関の秘密裏の活動が、直接的にテロ攻撃の抑止や阻止につながっているという考え方が、イスラエル国民の間に広く共有されていることが、その支持基盤となっている。

ネタニヤフ首相と国内政治の動機

当のネタニヤフ首相は、暗殺について「イスラエルは必要なことをしてきた。(ハメネイ師の暗殺は)紛争を激化させるのではなく、終結させるものだ」と自らの行動を肯定している。しかし、国際刑事裁判所(ICC)はネタニヤフ首相に対し、戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで逮捕状を出している。

紛争終結への主張と国際刑事裁判所

ネタニヤフ首相の主張は、ハメネイ師を排除することでイランの体制を弱体化させ、ひいては中東における対立構造そのものを変えようとする意図の表れとみられる。一方で、ICCの動きは、こうした国家による要人排除の行為が国際法上の重大な問題となる可能性を示唆している。

政権維持のための危機創出論(舛添氏見解)

国際政治学者の舛添要一氏は、ネタニヤフ首相の動機を「自己の政権維持のため」と考察する。「危機を作り出して、自分の政権を確保するのが一番の目的。『目の前に敵がいる』という状況は政権運営を容易にする。イスラエル国家を承認しないイランの最高指導者を殺害するという発想は、イスラエルの政治思想からすれば筋が通っている」と分析する。国内の支持を得るために、外部の敵との対決姿勢を強める戦略が背景にあるとの見方だ。

ユダヤ教の教えとイスラエルの防衛本能(小谷教授見解)

さらに小谷教授は、暗殺肯定の背景には、宗教観に加え、建国以来中東で激しい対立と戦闘を経験してきたイスラエルの「防衛本能」があると指摘する。「ユダヤ教の教義には『殺られる前に殺れ』という一言がある。『敵が武器を持ってこちらを向いているのに、何もしないのはあり得ない。だから敵が武器を手にした瞬間に、こちらはやられる前にやる』というのが、基本的なイスラエル人の考え方だ。他国は助けてくれないという意識が身に染みており、自分たちで何とかするしかないという切迫感がある」と解説した。歴史的な背景と宗教・文化的な考え方が、イスラエルの安全保障戦略に深く根ざしていることを示唆している。

ハメネイ師の現状とトランプ氏の警告

ニューヨークタイムズの6月21日の報道によると、ハメネイ師はすでに自身後継者候補3人を選出しており、現在は地下壕に避難して軍司令官らと意思疎通を図っているという。これは暗殺や体制崩壊への警戒を示す動きだ。

こうした状況に対し、トランプ大統領はSNSで「『最高指導者』がどこに潜んでいるか、正確に把握している。彼は簡単な標的だ。我々の忍耐は限界に近い」と警告ともとれる発言をしている。米国の関与が今後どのように展開するかも焦点となる。

まとめと今後の焦点

イスラエルによるイラン最高指導者ハメネイ師への暗殺計画疑惑は、中東地域の緊張を一層高める可能性を秘めている。米国が介入して計画実行を阻止したとされる背景には、イランの無政府状態化とそれに伴う新たな戦争のリスクに対する強い懸念があった。モサドによる数々の特殊工作と、それを支持するイスラエル国内の意識、そしてネタニヤフ首相の政治的な動機が複雑に絡み合っている。ハメネイ師の現状と、米国の今後の出方を含め、事態の推移が注視される。この暗殺計画疑惑が、中東の安全保障情勢にどのような影響を与えるか、今後も目が離せない。

参照元:https://news.yahoo.co.jp/articles/f16dcdd63f6cbd66b887e5b74e47e7c5e04b4762