米国はついにイランに軍事介入し、主要な核施設を破壊する可能性が取り沙汰されています。トランプ元米大統領はイランに対し「和平か、さらに悲惨な結末か」と警告を発していますが、国民の9割がシーア派イスラム教徒であり、「殉教」を尊ぶこの宗派を国教とするイランが、このような圧力に容易に屈するのかが注目されています。この国の精神的な根幹には、シーア派の深い信仰と歴史があります。
米国とイランの対立、核施設問題を象徴する画像
シーア派信仰の核となる「殉教」の思想
イスラム教シーア派にとって最も重要な宗教行事の一つに「アシュラ」があります。これはアラビア語やペルシャ語で「10」を意味し、西暦680年のイスラム暦1月10日に起きた悲劇を記憶するためのものです。預言者ムハンマドの孫であるフサインが、イスラム教の後継者争いを巡り、当時の支配勢力であったウマイヤ朝と現在のイラクにあるカルバラで戦い、その部隊は全滅しました。このフサインの死を悼み、結集した信者たちがシーア派の勢力を確立したとされています。
カルバラの戦いでは、フサインが率いる軍勢は本人を含めわずか72人だったのに対し、ウマイヤ朝軍は3万人とも言われています。圧倒的な劣勢の中、王朝軍の司令官は降伏を促しましたが、フサインはこれに応じませんでした。シーア派の伝承によれば、王朝軍はフサインの戦士たちを一人ずつ殺害し、フサイン自身も最後まで戦い抜いたとされています。このカルバラでのフサインと戦士たちの死は、シーア派において「殉教」と位置付けられており、この出来事がシーア派信仰の根幹をなす思想となっています。
悲壮な宗教儀式「アシュラ」が示すもの
カルバラでの「殉教」を悼む中心的な行事が、各地で行われるアシュラの行進です。筆者がかつてレバノン南部のシーア派が多く暮らすナバティエという村で取材した際、参加者は黒い衣服を着用し、フサインの死を悼む詩を唱えながら進む姿を目にしました。手にした鎖で自らの体を打ち叩き、血だらけになる者や、泣き叫ぶ者もおり、その光景は非常に異様でした。これは、フサインが経験した苦痛を共感し、殉教の価値を再確認するための儀式と考えられています。日本の外務省も、この時期は不測の事態が発生する可能性に鑑み、アシュラの行進には近づかないよう日本国民に注意喚起を行っています。
この儀式からもわかるように、「殉教」はイスラム教シーア派の原点であり、信者が最も尊ぶべき価値と位置付けられています。
「殉教」を国教とするイランの体制
イランは人口約8000万人のうち約90%がシーア派イスラム教徒であり、シーア派を国教としています。イスラム共和国憲法では三権分立が規定されていますが、実質的には宗教法学者である最高指導者が強大な権力を持ち、イスラム教の教義に基づいて国を運営しています。この体制において、「殉教」の精神は単なる宗教的概念に留まらず、国家や社会のあり方にも深く影響を与えています。
外部からの圧力に対し、自らの命や苦痛を厭わない「殉教」の思想が根付いている国家では、一般的な政治的駆け引きや威嚇が通じにくい側面があります。イランの核開発問題を巡る米国との対立においても、このシーア派の「殉教」精神が、イランの対応や国民の意識に少なからず影響を与えていると考えられます。
米国による軍事介入の可能性が示唆される中、イランがどのように対応するのか、その根底にあるシーア派の信仰と「殉教」の精神が、今後の展開を読み解く上で重要な鍵となります。
参考文献:
- FNNプライムオンライン