今国会で成立した年金改革法には、一般的にはあまり大きく報じられないものの、非常に重要な項目が含まれています。その一つが「脱退一時金制度の見直し」です。この制度に関しては、以前から外国人労働者が日本で納めた年金保険料の一部を一時金として受け取れる一方で、日本国民には年金からの脱退や未加入の自由がないことに対する公平性の欠如が指摘されてきました。しかし、この問題の根幹には、さらに深刻な「抜け穴」が存在していたのです。
脱退一時金の制度目的と悪用された「一時帰国」の抜け穴
そもそも、脱退一時金制度は、外国籍の方が日本での就労期間を終えて母国へ帰国する際に、それまで納めた年金保険料が掛け捨て、すなわち「納め損」にならないよう、一定の条件のもとで保険料の一部をまとめて受け取れるように設計されたものです。本来の趣旨は、在留資格を喪失し、日本から完全に「単純出国」する場合を想定していました。
しかし、この制度には長年にわたり悪用される可能性がある抜け穴が存在していました。それは、完全に日本から転出するのではなく、数ヶ月程度の短い「一時的な帰国」であったとしても、要件を満たせば脱退一時金の申請・受給が可能となっていた状態です。この問題点については、福岡県行橋市の小坪慎也市議などがかねてより警鐘を鳴らしてきました。
日本の年金制度と外国人労働者、脱退一時金を連想させるイメージ図
抜け穴を利用した制度の悪用と「無年金予備軍」の拡大
この「一時帰国でも受給できる」という抜け穴は、制度の趣旨から外れた利用を招きました。つまり、外国人労働者が日本と母国との間を短期間で出入国を繰り返すことで、事実上、複数回にわたって脱退一時金の申請と支給の裁定を受けることができてしまっていたのです。
外国人労働者を雇用する一部の企業の中には、この脱退一時金制度を、本来の退職金やボーナスのような感覚で従業員に提示し、一時帰国と一時金申請を促していた例も少なくないと言われています。これは、労働者側にとっては一時的にまとまった現金を得られる機会となる一方で、企業側にとっては退職金の支払いを回避する手段として利用されるケースもあったと指摘されています。
日本で5年間継続して年金保険料を納めた場合、脱退一時金は100万円を超える可能性があります。このように一時的な帰国を繰り返して複数回、あるいは高額な脱退一時金を受け取る外国人労働者は、将来的に日本の年金制度から給付を受けるための加入期間を満たせず、「無年金」、あるいは極めて「低年金」の状態に陥る可能性が非常に高くなります。
小坪市議は、こうした人々が高齢になった際に生活の維持が困難となり、日本の社会保障制度である生活保護を受給せざるを得なくなるケースが今後爆発的に増加するのではないか、と強く懸念を示しています。実際に、厚生労働省のデータによれば、2021年度までの過去10年間で、脱退一時金の支給を決定した「裁定件数」は累計で72万件にも上ります。これは、将来の生活保護受給に繋がりかねない、潜在的な「無年金予備軍」が相当数存在していることを示唆しています。
まとめ:年金改革法における見直しの意義
外国人労働者向けの脱退一時金制度において、「一時帰国」を要件として認めていた抜け穴は、制度の意図しない悪用を招き、結果として将来的に日本の社会保障システム、特に生活保護に大きな負担をかける潜在的なリスクを生み出していました。今般の年金改革法において、この脱退一時金制度の見直しが項目として盛り込まれたことは、こうした長年の懸念に対処するための重要な一歩と言えます。この複雑な社会保障問題を巡る動向には、今後も継続的な注視と適切な対策が求められます。