広島県安芸高田市の藤本悦志市長は16日、市議会での一般質問において、石丸伸二前市長に対し、市が市議のY氏に支払った損害賠償金の求償を行う方向で検討していることを明らかにした。これは、石丸氏が市長在任中の議会での発言やSNS投稿がY市議への名誉毀損にあたるとして、市に33万円の賠償を命じる判決が、最高裁で確定したことを受けた動きである。この安芸高田市における石丸氏関連の求償問題は、地方自治における首長と議会の関係、そして公務員の法的責任という点で注目されている。
名誉毀損訴訟の経緯と最高裁の判断
石丸氏による発言と訴訟提起
石丸氏は2020年、市議会内でY市議から「議会を敵に回すと政策が通らなくなる」といった発言を受けたと主張し、これを「恫喝」と捉えた。その後、自身のSNSでも「敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり」などと複数回投稿した。これに対し、Y市議は、これらの石丸氏の発言や投稿が名誉毀損にあたるとして、安芸高田市(国家賠償法に基づく)と石丸氏個人(民法709条に基づく)の両方に対し、損害賠償を求める訴えを提起した。
地裁・高裁の判断と市への賠償命令
第一審の広島地裁、そして控訴審の広島高裁は、石丸氏の発言内容が真実ではないこと、および真実であると誤解する相当な理由もなかったと認定し、名誉毀損の成立を認めた。その結果、安芸高田市に対し、Y市議への損害賠償として33万円の支払いを命じる判決を下した。しかし、Y市議から石丸氏個人への損害賠償請求については、いずれの審級も認めなかった。
最高裁の決定と判決の確定
石丸氏は「補助参加人」として、市に賠償を命じた二審判決に対する上告受理の申立てを最高裁に行った(民事訴訟法42条、45条、318条参照)。しかし、最高裁はこれを不受理とする決定を下したため、安芸高田市に33万円の損害賠償の支払いを命じる判決が最終的に確定した。
安芸高田市役所の外観
市が石丸氏に「求償」できる可能性(弁護士解説)
裁判では石丸氏個人への賠償請求は認められなかったにもかかわらず、なぜ安芸高田市から石丸氏個人への「求償」が認められる可能性があるのか。行政法と地方自治に詳しい三葛敦志弁護士(東京都国分寺市議会議員を3期10年務めた経験を持つ)は、国家賠償法における公務員の故意・過失と市の責任について解説している。国家賠償法1条1項は、公務員の職務上の違法行為により損害が生じた場合、国または公共団体が賠償責任を負うことを定めている。そして、同条2項は、国または公共団体が賠償金を支払った場合、その公務員に「故意または重大な過失があったとき」は、求償権を行使できると規定している。今回の裁判で、石丸氏の発言が名誉毀損にあたると判断されたことは、石丸氏に少なくとも過失があったことを強く示唆しており、市が求償権を行使するための法的根拠となりうる。市が求償に踏み切る背景には、税金から支払われた賠償金について、損害の原因を作った当時の首長(石丸氏)に一定の責任を問うべきだという判断や、将来の類似事案への抑止効果を狙う意図があると考えられる。
石丸氏のその後の活動
石丸氏は昨年6月に安芸高田市長を辞職した後、同月の東京都知事選挙に出馬したが落選した。その後、「再生の道」という政治団体を立ち上げ、22日投開票の東京都議会議員選挙に42名の候補者を擁立したが、結果は全員落選となり、獲得議席はゼロに終わっている。
まとめ
今回の安芸高田市の藤本市長による求償検討表明は、確定した最高裁判決に基づき、市が支払った損害賠償金を巡る新たな局面を示している。裁判で石丸氏個人への直接請求は退けられたものの、国家賠償法の規定により、市が本人に責任を問う「求償権」を行使する可能性が出てきた。今後、安芸高田市が正式に求償に踏み切るかどうかが焦点となる。