「この職場、もうムリ…」宇宙飛行士・野口聡一氏を“燃え尽き”から救った「意外な逃避先」とは


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● 人間の欲求は 5つの段階に分けられる

 大江:宇宙飛行士の方でもそんな悩みを抱えていらっしゃるのかと知ると、意外と我々と近いところがあるなと驚いたり、親近感を覚えたりします。

 野口:現場が疲弊するとモチベーションが低下してくるというのは、どこにでも共通するのでしょう。

 大江:優秀な人をつなぎとめるためには、担当上司の役割が大きくて、力量が問われるところだという気がしますね。

 野口:つまりは、現場のやる気をそぐマネジメントにならないようにするということです。心理学者のマズローが提唱した欲求5段階説というのがありますね。

 大江:はい。人間の欲求は5つの段階に分けられるという考え方で、下の階層から「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」と言われますね。

 野口:まず、第1段階に生理的欲求、第2段階に安全欲求という、生存を維持するために必要な欲求があります。第3段階の社会的欲求では、何かしらの集団に所属していたいという思いがあります。その上の第4段階が、承認欲求。我々は社会的動物なので、ここでだいたい止まってしまいます。自分のやったことを認めてほしいということですが、子どもで言えば「お母さん、100点取ったから褒めて」という思いですね。

 これをやることで自分は自分でいられる、この仕事に誇りを持って、これを続けることで、自分が自分であり続け、自己実現につながるというのが最上位の欲求であって、これが阻害されると非常に苦しくなります。自己実現ができないというのは、極論すると、幸せになる道がなくなるということです。そう考えると、勝ち負け以上に大きな問題であると思います。

● JAXAにいないと 宇宙に行けなかった

 大江:今は少し状況が変わってきているのかもしれませんが、日本では、宇宙飛行士としてJAXAに所属しないと宇宙に行けないという時代がずっと続きましたね。そういった意味では、自己実現が宇宙に行くことで叶えられるものであれば、JAXAという組織から離れることで自己実現から離れてしまうということだったのでしょうか。

 野口:おっしゃるとおりです。この組織にいないと自分の目標は達成できないのに、この組織にいることで自己実現を否定されるという、相反する考え方の板挟みになってしまうんです。ここで頑張り続けないことには、自分が目指すところに到達できないということになります。

 一般的に、組織に属して収入を得ることで自分の家族の幸せを達成しているという考え方があります。つまり、幸せになるためには収入が必要で、会社にいなくてはなりません。けれども、会社でパワハラ、モラハラの環境にいると、自分という存在がどんどん削られてしまう。つまり、そこから離れないと自分は幸せにはなれないけれど、離れてしまっても自分が幸せになれないという矛盾が生まれてしまいます。

 大江:そうですね。ここにいないと夢も叶えられないという矛盾は起こりますね。その時の野口さんは、いずれ宇宙に行くすべが増えて、必ずしもJAXAにいなくても宇宙に行くことはできるかもしれないと考えていらしたのでしょうか。

 野口:いえ、JAXA在職中はそんなことを考える余裕はありませんでした。今では宇宙に行くために他の手段もいろいろあるのですが、その当時はJAXA職員でない限りは次の宇宙飛行はないと明確にわかっていましたし、振り返ってみれば2020年ぐらいまではJAXAにいないと宇宙には行けない時代だったと思います。



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