東大病院救急部・集中治療部長を長年務めた矢作直樹氏は、多くの医療経験から独自の人生哲学と死生観を持つに至り、累計100万部超の著作や講演を通じ、不確実な時代を生きる指針となる「不変の智慧」を発信し続けています。特に、最先端医療の現場を知る医師としての「薬」に対する本質的な視点は、現代社会で求められる自身の体と心の在り方を考える上で重要な示唆を与えてくれます。本稿では、そんな矢作氏の入門書ともいえる新刊から、その考え方を探ります。
薬との賢明な向き合い方とその限界
矢作直樹氏は、薬との関係は極めて複雑であり、その評価は使用される状況や目的に応じて大きく変動すると指摘します。「すべての薬を無条件に否定する」という姿勢も、「医師から処方された薬はすべて無条件に信じる」という姿勢も、どちらも極端であり、賢明とは言えません。患者一人ひとりの病状や体質、生活環境などを総合的に考慮し、個々のケースごとに慎重な判断を下すことが極めて大切です。この点が、矢作氏が一貫して強調する「不変の智慧」の一端と言えるでしょう。
西洋医学の薬の作用と体のシステム
西洋医学で一般的に使用される薬の多くは、特定の化学成分を人工的に合成して作られたものです。これらの薬はしばしば、病気の症状を抑える効果を発揮しますが、病気の根本的な原因そのものを完全に治癒させているわけではありません。人間の体は、血液やリンパ液、エネルギーなどが絶えず流れる、まるで複雑な「川」のようなシステムとして成り立っています。この流れの中の一部分、例えば痛みの信号や炎症反応だけを薬で強引に止めてしまうと、体という「川」全体の流れに歪みが生じ、別の場所に滞りや支障が出てくる可能性があるのです。
全体への影響を考慮することの重要性
例えば、自己免疫疾患の治療に用いられる免疫抑制剤はその典型的な例です。これらの薬によって、過剰になった免疫反応が抑えられ、血液検査の数値や炎症などの症状は一時的に改善されるかもしれません。しかし、体全体の免疫力そのものが低下してしまうため、本来体を守るべき自然な抵抗力が弱まります。結果として、風邪をひきやすくなったり、他の種類の感染症や病気にかかりやすくなるといった、新たな健康リスクが高まる可能性が生まれるのです。薬には目の前のつらい症状を緩和するという明確な役割がありますが、「体全体の調和」という大局的な視点から見ると、別のバランスを崩してしまう危険性も同時に内包している。これが、矢作氏が提唱する薬の本質理解です。
矢作直樹氏が語る人生の終末、薬との付き合い方を考える人々のイメージ
矢作氏の薬に関する視点は、目先の症状だけでなく、体全体を一つの統合されたシステムとして捉え、そのバランスや調和を見る重要性を示唆しています。安易な解決策としての薬に安易に頼るのではなく、自身の体と心の状態を深く理解し、全体の調和を意識すること。これこそが、不確実で変化の多い現代社会を生き抜く上で、私たちが拠り所とすべき「不変の智慧」であり、人間としてどう生きるべきかという根源的な問いへの一つの答えとなるでしょう。
参考資料
- Yahoo!ニュース (東洋経済オンライン) 「いつか必ずやってくる最期の時をいかに迎えるのか、そしてその最期の時まで、いかにして私たち人間が生きていくべきか――」