ジャニーズ名曲「仮面舞踏会」誕生の裏側:プロデューサー鎌田俊哉氏が語る発売前夜の“ダメ出し”

誰もが知る少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」。その制作秘話を、音楽プロデューサーの鎌田俊哉氏が明かしている。前編で触れたジャニー氏、メリー氏とのやり取りを経て完成に近づいていた楽曲だが、発売を約1カ月後に控えた土壇場で、レコード会社上層部からの思わぬ「ダメ出し」に直面したという。

音楽プロデューサー鎌田俊哉氏、仮面舞踏会の制作秘話を語る音楽プロデューサー鎌田俊哉氏、仮面舞踏会の制作秘話を語る

発売直前、レコード会社幹部50人を前に起きた衝撃

発売1カ月前に行われたレコード会社の試聴会には、役員や支社長ら約50人が集まった。「仮面舞踏会」の試聴後、曲が終わった瞬間、副社長が「皆さん、こんな曲でいいと思いますか?」と問いかけ、社長も「僕もイマイチだと思う」と続いた。それまで楽曲を絶賛していたはずの周囲は一斉に沈黙。具体的な指摘はなく、何がダメなのかは誰にも分からなかったという。

デビュー曲「仮面舞踏会」を歌った少年隊メンバー(東山紀之氏)デビュー曲「仮面舞踏会」を歌った少年隊メンバー(東山紀之氏)

鎌田氏の毅然たる反論と譲れない想い

重い空気が流れる中、鎌田氏は毅然とした態度で反論した。彼は当時「ここでの仕事はいつ辞めてもいい」という覚悟で臨んでおり、「これは60曲から選び抜いた曲。あと1カ月で、これに優る楽曲を作ることは不可能だ」と主張。特に、作曲家の筒美京平氏と1年以上かけて作り上げた作品であり、この土壇場で先生を裏切るようなことを受け入れることはできないという強い信念があった。20代半ばで生意気に見えたかもしれないが、裏方になる前のバンド時代の過酷な経験から「自分の味方は自分だけ」と腹をくくっていたという。結果として、デビュー曲は「仮面舞踏会」でいくことになったが、一つだけ拒めなかったのが歌詞の一部変更だったという。

レコード会社上層部からの異論という難局を乗り越え、「仮面舞踏会」は少年隊のデビュー曲として世に出た。歌詞変更という経緯はあったものの、名曲の誕生には、プロデューサー鎌田氏の信念と、それにまつわるドラマがあったことを物語っている。

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