日本は現在、「多死社会」と呼ばれる状況を迎えており、年間死亡者数は増加の一途をたどっています。厚生労働省によると、2024年の死亡者数は過去最多の約161万人に達し、その数は太平洋戦争中の年間平均死者数に匹敵するとも言われています。さらに、この数は今後も増え続け、2040年には166万人を超え、多死社会のピークを迎えると予測されています。このような状況下で顕著になっているのが、身寄りがなく誰にも看取られずに亡くなるケースの増加です。社会はこの避けられない現実とどのように向き合っていくべきか、その対応が現場で始まっています。
多死社会が生む新たな需要:「遺体安置冷蔵庫」
こうした多死社会の到来は、様々な分野に影響を及ぼしています。その一つが、遺体の保管場所に関する問題です。神奈川県川崎市にある冷蔵庫メーカー「たつみ工業」は、本来は首都圏のコンビニ冷蔵庫市場で高いシェアを持つ企業ですが、現在では遺体を保管するための特殊な冷蔵庫「遺体安置冷蔵庫」の生産に追われています。
遺体安置冷蔵庫の前で説明するたつみ工業の岩根社長
たつみ工業の岩根弘幸社長によると、遺体安置冷蔵庫は葬儀関係者からの要望を受けて製造を開始したとのことです。2021年から本格的に生産を始め、今では全国から注文が殺到しており、関連の売り上げはおよそ10倍に急増しました。岩根社長は、この需要増の背景には「多死社会」による死亡者数の増加があり、火葬まで1週間から2週間待たされる状況が発生しているためだと語っています。
生産が追いつかない遺体安置冷蔵庫の製造ライン
逼迫する火葬現場:古瀬間聖苑の事例
多死社会の影響は、火葬場にも直接的な形で現れています。愛知県豊田市にある「古瀬間聖苑」は、隣接するみよし市と共同で所有・運営している火葬場ですが、火葬件数の増加に追いつかないという深刻な課題に直面しています。
過去最多となった日本の年間死亡者数を示すグラフ
豊田市やすらぎ福祉総務課の河橋宏政副課長は、特に冬場や友引明けの営業日に火葬が逼迫している状況を課題として挙げています。このまま推移すれば、冬季を中心に火葬まで数日待たなければならない「火葬待ち」の状況が発生する可能性が高いと予想されています。
2040年にピークを迎えると予測される死亡者数推移のグラフ
古瀬間聖苑での火葬件数は、多死社会の到来に伴い年々増加しており、2024年度は4592件と、開設初年度の2.7倍にまで増えました。冬場には1日あたりの上限である24件を超える日が出始めています。今後の予測では、2030年度には5451件、2040年度には6410件に達すると見込まれており、火葬まで数日待つことが常態化する事態も想定されています。
逼迫する火葬場の外観(古瀬間聖苑)
このような状況を受け、古瀬間聖苑を共同所有するみよし市は、ついに単独での新たな火葬場建設を表明するに至りました。これは、多死社会という現実が、葬儀に関連する社会インフラに具体的な対策を迫っている一例と言えます。
多死社会は、単に死亡者数が増えるという統計的な問題に留まらず、遺体の尊厳ある取り扱い、葬儀・火葬インフラの維持・拡充、そして何よりも「身寄りがない」「誰にも看取られない」といった孤立死への対応を含む、広範かつ喫緊の社会課題を突きつけています。これらの課題に対する持続可能で人道的な解決策が、今、社会全体に求められています。