NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で、主人公・蔦屋重三郎（蔦重）の妻として登場する「てい」は、史実に基づいた人物なのでしょうか。ドラマでは小芝風花が演じる五代目瀬川が吉原を去った後、横浜流星演じる蔦重に女性関係が描かれることはほとんどありませんでしたが、橋本愛演じる「てい」が登場し、物語が大きく動きました。
ドラマ第24回「げにつれなきは日本橋」(6月22日放送)では、蔦重が「じゃあ、いっそ俺と一緒になるってなあどうです？」と「てい」にプロポーズとも取れる言葉をかけました。この時の蔦重は天明3年(1783年)。数々のベストセラーを生み出し成功を収めていましたが、出版業者として真に一流と認められ、江戸の外まで広く流通させるためには、生まれ育った吉原から日本橋への進出が不可欠だと考え始めていました。書物問屋の須原屋(里見浩太朗)からの助言もあり、蔦重は日本橋通油町の地本問屋、丸屋を買い取ることを決意します。この過程で、丸屋の女将である「てい」に蔦屋と丸屋を一つにして共に本屋を続けることを提案し、断られた後に前述の言葉が出たのです。第25回(6月29日放送)では、ついに二人が祝言を挙げる様子が描かれる予定です。ドラマでは今後、「てい」が蔦重と共に日本橋での新たな道を歩んでいくことになりそうです。
NHK大河ドラマ『べらぼう』で蔦屋重三郎の妻「てい」を演じる橋本愛
蔦屋重三郎に妻はいたのか？寺の過去帳が示す記録
蔦重の女性関係については、彼が吉原という「女の園」の出身であるにも関わらず、驚くほど多くは伝えられていません。しかし、彼に妻がいたことは確かなようです。蔦重の菩提寺であった正法寺（東京都台東区東浅草）に残る過去帳には、文政8年(1825年)10月11日に亡くなった女性の記録として「錬心院妙貞日義信女」という戒名が見られます。これが蔦重の妻であるとされています。蔦重自身は寛政9年(1797年)5月6日に亡くなっているため、妻は夫の死後、28年以上も長生きしたことになります。
この妻の実名は正確には伝わっていませんが、正法寺が配布している説明書き「蔦屋重三郎と正法寺」には、「錬心院妙貞日義信女(蔦屋重三郎妻 おてい)」と記載されています。この戒名の中に「貞」の字が含まれており、これが実名の一部であった可能性が考えられます。このことから、ドラマで蔦重の妻の名前を「てい」としているのは、全くのフィクションではなく、史実に基づく可能性を秘めていると言えるでしょう。
蔦屋重三郎の菩提寺であり、妻の記録が残る東京都台東区の正法寺
死の間際に妻と別れの言葉を交わした記録
現在の正法寺にあるのは蔦重の顕彰碑で、これは幾度かの災害を経て元の墓石が失われた後に建てられたものです。この顕彰碑には、石川雅望と大田南畝による蔦重の墓碑銘が刻まれています。その墓碑銘の中には、蔦重が亡くなる間際の様子を描いた次のような一文があります。
「寛政丁巳の年の夏、五月六日にこう言った。『私は今日の昼時には死ぬよ』身の回りの始末をし妻と別れの言葉を交わし」（「蔦屋重三郎と正法寺」説明書きより現代語訳）
この記述から、蔦重が妻帯しており、その妻が彼の最期に立ち会っていたことが裏付けられます。しかし、妻との間に子供がいたかどうかについては、確かなことは分かっていません。江戸時代の商人には武士のような厳密な系図を残す習慣がなかったこともあり、妻や子の情報が少ないのは珍しいことではありませんでした。
ただし、蔦重の死後、店の番頭であった勇助が養子となり、二代目蔦屋重三郎を名乗って店を継いでいます。これは江戸の商人としては一般的な店の継承方法ですが、実の息子が跡を継がなかったことは明らかです。息子に恵まれなかったか、あるいは生まれても早世したか、家業とは別の道に進んだか、などが考えられます。
まとめ
NHK大河ドラマ「べらぼう」に登場する蔦屋重三郎の妻「てい」には、史実に基づく裏付けが存在します。正法寺の過去帳には蔦重の妻とされる女性の戒名が残っており、その戒名に含まれる「貞」の字が「てい」という名前の由来である可能性が高いです。また、蔦重の墓碑銘には、彼が死の間際に妻と別れの言葉を交わしたことが記されており、妻が最期を看取ったことが分かります。一方で、妻や子供に関する詳細な記録はほとんど残されていません。ドラマの「てい」の人物像や蔦重との関係は創作部分が大きいと考えられますが、「蔦重に妻がいた」という根幹は史実に基づいていると言えるでしょう。
