インド南部ベンガルールで飛行機恐怖症のセラピー施設「コクピット・ビスタ」を運営するディネシュ・K氏(55)は、先日発生したエア・インディア機の墜落事故以降、急激に多忙となっている。この航空機事故は、多くの人々の間で飛行機に対する不安や恐怖(飛行機恐怖症)を再燃させている。
コクピット・ビスタは、フライトシミュレーターとカウンセリングを組み合わせた料金500ドル(約7万3000円)のセラピーコースを提供しており、インド国内で唯一のこの種の施設だ。墜落事故前は月に10件程度だった問い合わせが、事故後は一気に100件以上に急増した。ディネシュ氏は「飛行機恐怖症は飛行中の出来事、つまり音や振動などに関係している傾向があり、エクスポージャー・セラピー(暴露療法)がただ1つの解決策だ」と説明する。施設にはボーイング機とセスナ機のシミュレーターがあり、患者はコックピット視点で離着陸を体験し、全ての音や振動が危険信号ではないと理解できるよう支援される。ロイターが確認したディネシュ氏へのワッツアップメッセージには、墜落事故後に「自信を失った」といった訴えや、事故の惨禍によるショックに関する相談が寄せられていた。
インド南部ベンガルールにある飛行機恐怖症セラピー施設「コクピット・ビスタ」で、ディネシュ・K氏(空軍退役将校)が説明する様子。
航空およびメンタルヘルス専門家らは、260人が犠牲になったエア・インディアのボーイング787-8「ドリームライナー」の墜落事故の様子を捉えた1分足らずの恐ろしい映像が、ソーシャルメディアやテレビで広く共有されたことが、異例なほど多数のカウンセリング申込につながったと指摘する。一部の旅行者は、航空会社や機材(ボーイングかエアバスか)をより慎重に選ぶようになり、不安のために飛行機旅行の計画を取りやめたり、延期したりする向きも出ている。ロンドンに拠点を置くインド人コンサルタント(25)は、事故の前日にエア・インディアのボーイング777でムンバイに飛んだ経験から、「もうボーイング機は選ばない。今は血も凍るほど恐ろしい。飛行機で戻りたくない」と語った。インドとは異なり、西側諸国では飛行機恐怖症に対するより正式な治療手順が多く確立されている。今年1月、米首都ワシントンで軍ヘリと旅客機が空中衝突し60人超が死亡した事故後、プロデジが行った米消費者調査では、旅行不安が増大したとの回答が55%、旅行計画の見直しや中止をしたとの回答が38%に上った。グーグルのデータでも、「飛行機に乗るのが怖い」という検索数がエア・インディア機墜落事故翌日にピークに達したことが確認されている。
一般的に、飛行機の旅は安全であり、特に離陸時の事故は非常に少ない。国際民間航空機関(ICAO)によると、2023年の離陸時の事故発生率は100万回当たり1.87回に留まる。エアバスのウェブサイトによれば、2024年に死者を伴わなかった機体損傷事故9件のうち、離陸時発生はわずか2件だった。しかし、5人のメンタルヘルス専門家は、エア・インディア機墜落の映像が旅行者のパニックを引き起こしたと指摘。人々は不眠症や、フライト情報を常に確認してしまう状況に陥り、助けを求めているという。ディネシュ氏の施設では、1回のセラピーコースは14時間で、コース終了後も不安な患者には、最初の搭乗便への付き添いサービスも提供している。
ムンバイの中堅旅行代理店ジャヤ・ツアーズによると、今回のエア・インディア機墜落事故以来、多くの旅行者がエア・インディア以外の航空会社利用を希望するようになった。2022年に民営化されタタ・グループ傘下に入ったエア・インディアは、サービスの質や旅客機の老朽化を巡る批判に常に晒されており、今年に入ってからはエアバス3機について緊急脱出スライドの必要点検を怠っていたとして警告を受けていた。インドの旅行代理店1600社以上が加盟する業界団体IATOは、墜落事故直後に飛行機予約件数全体が15-20%減少し、予約済みの30-40%が取り消されたと報告している。IATO会長のラビ・ゴサイン氏は「我々は、機材の種類について、かつて搭乗者が全く気にしなかったような極めて異例の問い合わせを受けている。人々は『ドリームライナー』という言葉を聞きたがらない」と述べている。
エア・インディア機の墜落事故とその衝撃的な映像は、インド国内で飛行機恐怖症の急増を招き、メンタルケア施設への問い合わせが増加するとともに、旅行業界にも予約の減少や旅行者の航空会社・機材選択への影響を与えている。この出来事は、航空機の安全に関する統計とは別に、視覚的な情報が人々の心理に与える強い影響を示している。