止まらない物価高や将来への不確実性から、投資による資産形成に関心を抱く人が増えています。しかし、数多ある投資商品の中から最適な選択をするのは容易ではなく、安易な判断は予期せぬ損失を招く可能性があります。特に「リスクが低い」と宣伝される商品には、自身の資産形成目標達成を妨げる隠れた危険が潜んでいることが少なくありません。本稿では、ある個人の事例を通して、「リスクが少ない安心な投資商品」を選ぶ際の注意点について、ファイナンシャルアドバイザー(IFA)の視点から解説します。
銀行の窓口担当者から「リスクが低く、安心して始められる商品ですよ」と勧められたのが、田中健一さん(仮名、43歳)が投資を始めるきっかけでした。転職を機に収入が増加し、貯金に余裕ができたタイミングで、普段利用している銀行から資産運用に関する連絡があったのです。かねてより自身の老後資金や子どもの教育資金について漠然とした不安を感じていた田中さんは、この機会に相談に乗ってもらうことにしました。上場企業の営業職として年収約900万円を稼ぐ田中さん。共働きの妻も年収600万円で、世帯年収は合計1,500万円です。都内のタワーマンションに居住し、中学生と小学生の子どもが二人います。まさに、今後のライフイベントに備えた資産形成が重要な時期でした。
銀行が提案したのは「リスク調整型」と呼ばれる投資信託です。市場が不安定な状況になると、自動的にリスクの低い安定資産に切り替わるように設計されているとの説明を受けました。田中さん夫婦は、この「リスク調整」という機能を聞いて、「これなら安心だ」と感じ、子どもの教育資金の一部として2,000万円をその投資信託に投資することを決めました。
しかし、投資を開始してわずか2年後、運用成績を確認した田中さんは衝撃を受けました。評価額が約10%、つまり200万円ものマイナスとなっていたのです。
「話が違うじゃないか…」田中さんは強い憤りを感じました。銀行の担当者は「リスクが低い」と言っていたにもかかわらず、元本割れという現実を突きつけられたのです。
将来の資産形成や投資について考える人物のイメージ画像
さらに、後に判明したことですが、もし田中さんが同じ時期に「ある特定の投資信託」を選んでいれば、2年間で資産は2倍、すなわち4,000万円になっていた可能性があるとのことでした。つまり、田中さんが被った損失は、評価額上の200万円のマイナスだけでなく、本来得られたはずの利益(機会損失)を含めると、実質的には2,000万円以上にもなると考えられます。
投資信託の評価額が元本を下回った2年間の推移を示すグラフ
田中さんのケースは、「リスクが低い」という言葉だけで投資商品を選んでしまうことの危険性を示唆しています。リスクが低いとされる商品は、確かに価格変動の幅が小さい傾向にありますが、その代わりに得られるリターンも限定的であることが多いです。さらに重要なのは、投資における「リスク」には、価格変動リスクだけでなく、目標達成が遠のく「機会損失リスク」も含まれるという点です。特に、教育資金や老後資金といった明確な目的があり、一定期間内に資産を増やしたいと考えている場合、変動が小さくても目標リターンに届かない商品は、結果的に大きなリスクとなり得ます。金融機関の窓口担当者が必ずしも顧客の長期的な資産形成目標全体を把握しているとは限らず、自社の推奨商品を優先することもあるため、鵜呑みにするのは危険です。
「リスクが少ない」という言葉に惑わされず、ご自身の資産形成の目的、許容できるリスクの度合い、そして投資期間を明確にし、それらに合致した商品を選ぶことが極めて重要です。複数の商品を比較検討し、リターンだけでなく、手数料、運用方針、そして何よりもご自身の目標に対する適合性を十分に理解する必要があります。必要であれば、特定の金融機関に属さない独立系のファイナンシャルアドバイザー(IFA)など、第三者の専門家の意見を求めることも有効な手段です。安易な「安心」に飛びつくのではなく、知識を深め、自身の判断で賢く投資と向き合う姿勢が、将来の資産を守り、育む鍵となります。
【参考文献】