深夜バラエティ番組『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の生放送中、突如としてカウントダウンが始まり、多くの視聴者に衝撃が走った。2024年6月24日深夜、ロンドンブーツ1号2号がコンビを解散することが発表されたのだ。長年にわたり日本の芸能界を牽引してきた人気コンビ、ロンブー 解散の報は瞬く間に広がり、その背景に大きな注目が集まっている。
異端児からの転落、そして闇営業問題
ロンドンブーツ1号2号は、1999年から続く看板番組である『ロンドンハーツ』と共に成長してきた。結成当初から彼らはお笑い界の「異端児」と呼ばれ、淳の赤髪、亮の金髪というビジュアルやストリート系のファッションで若者から絶大な支持を獲得。テレビや舞台だけでなく、多くのファッション雑誌にも登場し、従来の芸人像を塗り替えた存在だった。
しかし、コンビのキャリアは2019年に暗転する。亮が反社会的勢力が関与する「闇営業問題」に関与したことが発覚し、謹慎処分を受けることになったのだ。この危機に際しても、コンビ継続を選択した二人は、亮の謹慎中、淳が一人で冠番組を守り抜く道を選んだ。
相方・亮の復帰に向けた淳の献身的な努力
謹慎が明けた後、淳は亮を表舞台に戻すために並々ならぬ苦心を重ねた。世間の反応を慎重に見極めながら、亮の活動再開のタイミングを探った。2020年1月にはトークライブでコンビとしての「再出発」を宣言。同年2月末には、当時AbemaTVで放送された『ロンドンハーツ』の特別編で地ならしを行い、視聴者の反応を確認した上で、4月には約9カ月ぶりに地上波の『ロンドンハーツ』に亮を復帰させた。復帰当初はスタジオの外で見学させたり、メモを取らせるなど、視聴者の感情に配慮した段階的な復帰という異例の手法がとられた。やがて、二人が再び並んで出演する光景は自然なものとなっていった。
2020年、ロンドンハーツ復帰時期にテレビ局から出る田村淳。ロンブー解散発表へ繋がる時期、新しい仕事への思いが募っていた頃か。
ソロ活動で広がった二人の距離感
復帰後の亮は、マラソン好きを生かしたランニングイベントの開催や、自動車レーサーとしての活動など、ソロでの活動の幅を広げていった。前出のテレビ局関係者は、こうした個々の活動が増えた結果、皮肉にもコンビとしての二人の距離感が年々広がっていった可能性を指摘する。
「ロンハー継続」が解散の決定打となった複雑な事情
今年3月12日、二人は約7時間かけて飲みながら話し合い、「いったん屋号を下ろして活動しようか」という解散の結論に至ったという。今回の解散劇には、『ロンドンハーツ』の存在が大きく関わっていると、別のテレビ局関係者は明かす。
「亮さんは闇営業の発覚で吉本興業を辞めざるを得なくなった時、『ロンハー』の出演までなくなっていたら、金銭的に極めて厳しい状況に追い込まれていたでしょう。家族を養う責任がありますから、それだけは絶対に避けたかったはずです。だから今回の解散に関しても、亮さんとしては『ロンハー』さえ継続できるのであれば、コンビ解消もやむなし、という結論に至ったようです」(テレビ局関係者)
一方の淳さんは、ロンブーという枠組みの中での現状に物足りなさを感じ始めていたようだ。このテレビ局関係者によると、淳は以前から温めていた大きな企画があり、この新しい仕事に本格的に踏み出すには、亮という相方や「ロンブー」という屋号が「邪魔」だと感じるようになっていたという。そこで淳は、コンビを解散する一方で、『ロンドンハーツ』だけは継続できるように、テレビ朝日に対して必死の説得を重ねた。
解散発表まで3カ月もの期間を要したのは、テレビ朝日との調整が極めて難航したためだ。テレビ朝日としても、長年続きスポンサーもついている人気番組を安易に打ち切るわけにはいかない。ロンブーが解散しても番組を続けるためには、局内での複雑な調整が必要だったのだ。結果として、淳の思惑通り、コンビは解散するが番組はそのまま継続するという「異例」の形が実現し、生放送での解散発表という運びになった。
今後の焦点:屋号を捨てた淳の新たな挑戦
ロンドンブーツ1号2号の解散は、長年にわたるコンビ活動、そして困難な時期を乗り越えようとした試みの末の、ある種の到達点であったと言える。特に『ロンドンハーツ』という象徴的な番組がコンビ解散後も継続するという異例の形は、今回の発表の複雑な背景と、関係各所の綿密な調整があったことを物語っている。屋号を捨てた田村淳がこの先、どのような新しい道を切り開いていくのか、注目が集まる。
参考資料: https://news.yahoo.co.jp/articles/39270cbfb487edd8ee8bd987ef53bd67719df29e





