安倍氏銃撃契機に注目の「宗教二世」問題 オウム元信者女性が語る苦悩と沈黙破る決意

安倍元首相銃撃事件を機に、社会で「宗教二世」問題への注目が高まっています。この問題に関わる当事者たちが、今だからこそ語れるリアルな言葉に耳を傾けます。本記事では、毎日新聞取材班が宗教二世問題の苦悩や社会の対応に迫ったルポルタージュ『ルポ 宗教と子ども』(明石書店)の一部を抜粋し、オウム真理教の二世信者だった一人の女性の体験を追います。

透明な存在だった──咲の場合

「事件を機に声をあげなければと決意しました」。こう語るのは、咲(仮名)です。安倍元首相の銃撃事件から約1カ月後、彼女は宗教二世としてツイッター(現X)にアカウントを開設し、自身の体験を詳細につづり始めました。それは、オウム真理教の施設で過ごした修行漬けの日々、そして脱会後も冷たい視線にさらされ、社会の中で居場所を失ったつらさといった生々しい記述でした。これらのツイートは、取材班である野口の心を強く引きつけました。

咲はツイッターのダイレクトメッセージを解放していませんでしたが、関係者を通じてメールで連絡を取ると、「取材を前向きに考えています」という返信がありました。しかし、咲が最も警戒していたのは、職場や友人といった自身の周囲に、かつてオウム真理教に所属していた事実が知られてしまうことでした。同居する家族の心配もあり、自宅での電話取材も難しい状況でした。

テキストメッセージで慎重にやり取りを重ね、取材日時と場所を決めました。周囲に話が漏れないよう、毎日新聞社の社内で話を聞くことになりました。待ち合わせ場所に現れた咲は、化粧やアクセサリーに気を配っていることが一目でわかる、おしゃれな女性でした。よく話し、明るく笑う姿には、影のようなものは感じられません。同世代の野口は、思わず「友達にいそうなタイプだ」と感じたと言います。

ところが、いざ取材に入ると、咲は「緊張する……」と口にし、それまでとは表情が一転して硬くなりました。そして、「伝えたいことや出来事をまとめてきました」と、事前に準備したメモをバッグから取り出し、遠い日の記憶をたどり始めたのです。オウム真理教という特殊な環境で育ち、社会に出てからも苦悩を抱え続けてきた彼女の、重い告白が始まろうとしていました。

オウム真理教の施設で育った子どもたちが描いた絵の例。不安や困惑がうかがえる。オウム真理教の施設で育った子どもたちが描いた絵の例。不安や困惑がうかがえる。

まとめ

安倍元首相銃撃事件をきっかけに顕在化した宗教二世問題は、当事者たちが抱える根深い苦悩を浮き彫りにしています。オウム真理教で育った咲さんのように、過去の経験が現在の生活に影を落とし、声を上げることさえ困難な状況にある人々がいます。しかし、事件を機に多くの当事者が沈黙を破り始めており、そのリアルな証言は社会がこの問題と向き合う上で不可欠なものです。彼女たちの体験に耳を傾け、その苦悩を理解することが、宗教と子どもの問題を考える上で重要な一歩となります。


出典: 『ルポ 宗教と子ども』毎日新聞取材班 著 (明石書店)