現在のドイツにあたる地域の湖畔に暮らしていた旧石器時代の人類、ネアンデルタール人が、動物の骨を体系的に煮込んで高栄養価の脂肪を獲得していた可能性が新たな研究で示唆されました。科学者たちはこの工程を事実上、大規模な「脂肪工場」だったと形容しています。この発見は、ネアンデルタール人の組織力や高度な生存技術に関する理解を深めるものです。
ドイツ中部ハレ南郊にあるノイマルク・ノルド遺跡では、2004年から2009年にかけて発掘調査が行われました。ここで見つかった約12万点の骨片と1万6000点の石器が、火の使用痕跡と共に分析されました。科学誌「サイエンス・アドバンシーズ」に2日付で掲載された論文で、研究チームはこの分析結果を報告しています。
ドイツ中部のノイマルク・ノルド遺跡発掘現場。ネアンデルタール人の骨と石器が出土。
骨を使った脂肪抽出の高度な技術
研究者たちは、約12万5000年前にこの地に住んでいたネアンデルタール人が、骨髄が豊富な骨を選び、石斧で細かく砕いた後、数時間煮込んで脂肪を抽出していたと考えています。煮汁の表面に浮いた脂肪は、冷えて固まったところをすくい取っていたと推測されます。
このような作業には、計画的な狩猟や動物の死骸の運搬、貯蔵が必要だったと考えられます。また、脂肪の抽出作業には専用の場所が設けられていた可能性も示唆されています。この発見は、ネアンデルタール人の集団が持っていた組織力や戦略、そして高度な生存技術の一端を明らかにする重要な手掛かりとなります。
従来のイメージを覆すネアンデルタール人の知性
過去数十年間の考古学的発見は、ネアンデルタール人が従来の固定観念よりもはるかに賢かったことを示しています。ユーラシア大陸に広く分布し、約4万年前に絶滅した彼らは、これまでの研究で糸や接着剤を作り、骨や洞窟の壁に彫刻を施すといった高度な技術を持っていたことが明らかになっています。
今回の新たな発見は、ネアンデルタール人が栄養に関しても予期せぬほど洗練された認識を持っていた可能性を示唆しています。論文は、ノイマルク・ノルドに300年以上居住していたネアンデルタール人が、動物の骨から抽出される脂肪の栄養価を明確に理解していたと指摘しています。
狩猟採集生活における脂肪の重要性
少量の脂肪は、健康的でバランスの取れた食事に不可欠です。特に、動物性食品に大きく依存する狩猟採集民の生活では、脂肪は極めて重要な栄養源となります。
赤身肉中心で脂肪酸の少ない食事は、時に致命的な栄養失調を引き起こす可能性があります。これは、たんぱく質を分解して過剰な窒素を除去する肝臓の酵素機能が損なわれる「たんぱく質中毒」として知られる状態です。ネアンデルタール人の平均体重を考慮すると、たんぱく質中毒を避けるためには、1日のたんぱく質摂取量を約300グラム未満(約1200キロカロリー)に抑える必要があったと推定されます。これは1日に必要とされるエネルギー量にはるかに及ばないため、残りのカロリーを脂肪や炭水化物といった非たんぱく質で補う必要があったと考えられます。
動物の筋肉に含まれる脂肪はわずかであるため、骨髄などの脂肪組織を多く含む骨が、ネアンデルタール人にとってより重要なカロリー源となったのです。
骨の選択と調理の推測
研究者たちは、ノイマルク・ノルド遺跡で見つかった動物の骨の大部分が、馬や鹿、そして絶滅した大型の牛であるオーロックスなど、合計172頭の大型動物に由来することを特定しました。論文では、ネアンデルタール人が骨髄が最も豊富に含まれているとみられる非常に長い骨を選んで加工していたことが指摘されています。
これらの骨をネアンデルタール人がどのように煮込んでいたか、正確な方法は不明です。論文共著者であるオランダ・ライデン大学のウィル・ルーブルーク教授は、樹皮や動物の皮、あるいは胃の内壁などを使って容器を作り、その中に水を入れて火に掛けていた可能性が高いと推測しています。
抽出された脂肪は、「脂っこいブイヨン」として摂取されていたと考えられます。論文共著者の一人、英レディング大学のジェフ・スミス氏によれば、香り付けや栄養価を高めるために植物が加えられた可能性もあります。実際、発掘調査では焦げたヘーゼルナッツやドングリ、スピノサスモモの痕跡も見つかっています。
研究の意義
スミス氏は、「彼ら(ネアンデルタール人)は、単なるその日暮らしの狩猟採集民ではなかった。優れた計画を立て、先を見据えて複雑な作業を組織することができた。自分たちの置かれた環境から、ありとあらゆるカロリーを最大限に引き出すことが可能だった」と述べています。
今回の発見について、仏国立科学研究センターのリュドビク・スリマク考古学者は、ネアンデルタール人が動物の骨に含まれる脂質の栄養価を認識していただけでなく、それらを効率的に抽出・加工する具体的な方法を編み出していたことが、今回の研究によって考古学的に裏付けられたと評価しています(スリマク氏は今回の研究には関与していません)。この研究は、ネアンデルタール人の複雑な食料獲得戦略と社会組織に関する理解を深める上で重要な一歩となります。