気象学の第一人者であり、2017年に日本人として初めてスーパー台風の航空機直接観測に成功した名古屋大学宇宙地球環境研究所教授の坪木和久氏。その画期的な挑戦について、氏の著書『天気のからくり』より、台風の「目」という未知の領域へ踏み込む経験と、そこで明らかになった驚くべきメカニズムをご紹介します。スーパー台風の計り知れないパワーの源泉は、まさにその中心にある「目」に隠されているのです。
スーパー台風の航空機観測に使用される小型ジェット機
スーパー台風の「目」は突然現れた
2017年10月21日、沖縄の南東に位置するスーパー台風ラン(平成29年台風第21号)へ向かうため、通常の民間機より約3㎞高い高度をジェット機で飛行していました。そのとき、ジェット機搭載のレーダーに信じがたい光景が映し出されました。巨大で完璧な真円を描く空白域です。「これが台風の目なのか?」と二度見するほど、それは自然が作ったとは思えないほど整った形をしていました。
スーパー台風の巨大な渦巻き:宇宙から見た気象現象
「壁雲」を突破する必要性
台風の目は、「壁雲」と呼ばれる、非常に発達した背の高い雲の壁にドーナツ状に取り囲まれています。この壁雲は海抜15~16㎞という高層に達するため、これを避けて上空を飛行できる航空機は存在しません。そのため、台風の目の中へ入るためには、この分厚い壁雲を文字通り突き破るしか方法がありません。
台風のパワーを生む心臓部:「目」と「壁雲」のメカニズムとその謎
巨大な台風全体のスケールで見れば、「目」とその周囲を囲む幅数十㎞の壁雲は小さな部分に見えるかもしれません。しかし、この「目」と「壁雲」こそが、スーパー台風の恐るべきエネルギーを生み出す心臓部、すなわちエンジンなのです。海上から水蒸気という形で奪われた熱は、台風の中心へ運ばれます。そして、壁雲の中で水蒸気が雲粒に変わる際に大量の潜熱を放出します。この熱によって「目」の内部、特に高度10㎞付近の空気が暖められます。
しかし、実際にはどのような形で「目」の中が暖まるのか、その詳細なメカニズムはまだ完全に解明されていません。この「目」内部の暖まり方が、台風の中心気圧、ひいてはその最大風速や強さを決定づける極めて重要な要素となります。台風の強さの最大の秘密であるこの暖まり方を知るためには、壁雲を突破し、「目」の中に直接入って観測を行う以外に方法はないのです。
スーパー台風の驚異的なパワーは、その中心にある「目」と「壁雲」の複雑な相互作用によって生み出されています。このメカニズム、特に「目」の暖まり方を深く理解することが、台風の正確な予測や防災対策にとって極めて重要であり、航空機による直接観測がその鍵を握っているのです。
参照: 坪木和久『天気のからくり』