アイスランド、ジェンダー平等で16年連続首位の秘訣:トーマスドッティル大統領が語る日本の現状との対比

5月26日から6月1日にかけて、アイスランドのハトラ・トーマスドッティル大統領が来日しました。大阪・関西万博を訪問し、天皇陛下や石破茂首相とも会談を行う中で、ジャーナリスト大門小百合氏によるインタビューに応じました。アイスランドはジェンダーギャップ指数で16年連続の世界第1位を維持しており、大統領や首相、閣僚の過半数を女性が占めるなど、その男女平等の状況は日本の現状(118位)と大きく異なります。この記事では、トーマスドッティル大統領へのインタビューに基づき、アイスランドがどのようにしてジェンダー平等を実現してきたのか、その道のりを探ります。

来日中のアイスランド大統領、ハトラ・トーマスドッティル氏。ジェンダー平等について語る

来日中のアイスランド大統領、ハトラ・トーマスドッティル氏。ジェンダー平等について語る来日中のアイスランド大統領、ハトラ・トーマスドッティル氏。ジェンダー平等について語る

ジェンダー平等におけるアイスランドの歩みと大統領の視点

世界経済フォーラム(WEF)が発表した2025年版「ジェンダーギャップ報告書」で、アイスランドは調査対象148カ国中、再び世界首位となりました。これは同国が16年連続でトップを維持していることを意味します。一方、日本は前年と同じく118位と低迷しています。2024年8月に就任するアイスランドのハトラ・トーマスドッティル次期大統領は、ジェンダー平等の達成は「私や誰か一人の女性のおかげではありません。アイスランドの女性たちの団結と勇気、そして私たちのような『従順でない女性たち』をサポートしてくれる男性のおかげなのです」と語っています。これは、長年にわたる国民全体の努力の賜物であるという認識を示しています。

社会を変えた歴史的な女性ストライキ

アイスランドのジェンダー平等実現において、1975年10月24日は極めて重要な日付です。この日、アイスランドの女性の実に9割が、女性の権利向上と平等な待遇を求め、仕事や家事を放棄する「女性の休日」と称するストライキを行いました。「女性がいなければ社会も経済も機能しない」ことを証明するためのこのストライキは、銀行や工場が閉鎖され、保育園や学校も休校になるなど、社会機能を麻痺させました。男性が子どもを職場に連れて行かざるを得なくなるなど、家庭でも職場でも女性の労働が不可欠であることを痛感させた出来事でした。

世界で初めて民主的に選ばれたアイスランドの女性大統領、ビグディス・フィンボガドッティル氏

世界で初めて民主的に選ばれたアイスランドの女性大統領、ビグディス・フィンボガドッティル氏世界で初めて民主的に選ばれたアイスランドの女性大統領、ビグディス・フィンボガドッティル氏

大統領の幼少期の記憶:ストライキが示した現実

1968年生まれのトーマスドッティル次期大統領は、当時7歳でこの歴史的なストライキを経験しています。彼女の母親の誕生日だったその日、7人の姉妹と2人の兄弟がいたにもかかわらず、女性たちは誰もケーキを焼いたり掃除をしたりしませんでした。誕生日パーティーの準備は全て、父親やおばの夫たち男性陣が行わざるを得ませんでした。「男性の仕事ぶりは、ひどいものでした」と彼女は振り返ります。この光景を初めて見た7歳の彼女がおばに「なぜストをしているの?」と尋ねたところ、おばは「自分たちが大事な存在だと示したいからよ」と答えたといいます。彼女は、当時の女性たちが非常に勇気があり、楽しそうで、強かったと感じており、その場には「特別でエネルギッシュな空気」が満ち溢れていたと鮮明に記憶しています。

結論:長年の努力が実を結んだ平等社会

アイスランドのジェンダー平等は、特定の個人の功績ではなく、女性たちの団結した行動とそれを支えた社会全体の意識改革、特に男性からのサポートが結びついた結果です。1975年の大規模な女性ストライキのような歴史的な出来事が、社会に女性の価値と貢献を明確に示し、その後の法制度改革や意識の変化へと繋がりました。トーマスドッティル次期大統領の言葉通り、これは「人々の長年の努力のたまもの」であり、日本を含む他の国々がジェンダー平等の推進を考える上で、重要な示唆を与えています。


参考資料: