人材育成への取り組みは、企業の将来的な成長を測る重要な指標です。しかし、日本の多くの企業で行われている“研修”は、その内容がお粗末であると指摘されています。これは、日本企業の国際競争力にも影響を及ぼしかねない由々しき事態です。ビジネスコーチである内田和俊氏の解説をもとに、社員研修の現状とその深層に迫ります。
「人材育成に時間とお金をかけている」は誤解だった
人材育成における日米企業の比較について、あなたは「アメリカはドライで、社員の能力開発にお金を使わない。一方、日本企業は従業員を大切にし、教育に惜しみなく投資している」と考えていないでしょうか?実は、これは大きな誤解です。
日本の企業研修の現状を示すイメージ図。会議室で資料を見ながら研修を受けるビジネスパーソンの様子。
衝撃的なデータがその実態を物語っています。企業が研修などの社員の能力開発にどれだけ投資しているかを主要6カ国(アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、日本)で比較した調査では、日本の企業が従業員の教育にかける金額は突出して少なく、なんとアメリカの20分の1以下という結果が出ています。さらに深刻なのは、1990年代半ばからこの投資額は年々減少の一途をたどり、わずか15年で4分の1にまで削減されているという事実です。
最近では、多くの企業が就職活動において「福利厚生と教育制度の充実」をアピールポイントにしていますが、上記のデータが示すように、それが実際の投資額と乖離しているのが現状です。「人的資本経営」という言葉がトレンドとなる一方で、実態は伴っていないのが日本の「人材育成」の真の姿と言えるでしょう。
日本企業が研修を「投資」ではなく「コスト」と考える理由
では、なぜ日本企業は教育にお金をかけていないにもかかわらず、「人材育成に力を入れている」とアピールするのでしょうか。その背景には、「形だけの研修」を実施しているという現実があります。そして、もう一つの要因として、人事部の研修担当者が実態を十分に把握しておらず、形ばかりの取り組みで満足してしまっている点が挙げられます。
「形だけ」とは具体的にどのような状況を指すのでしょうか。近年では、eラーニングの導入が流行しています。また、以前から見られる傾向として、研修の講師を社内人材に任せる「内製化」を推進する企業が多く存在します。これらの根底には、いまだに研修を将来への「投資」ではなく、削減すべき「コスト(費用)」と捉える企業文化が根強く、極力費用をかけないようにしているという思惑があります。
さらに、「助成制度」という名のもと、社員の自主性に任せるケースも少なくありません。「受けたい研修を自分で見つけてきて、受講したら会社が研修費の全額または一部を補助します」という制度です。一見すると社員の主体性を尊重しているようですが、実質的には企業側が研修内容を選定したり、体系的なプログラムを提供したりする手間を省いている側面があるとも言えます。社外講師(外部講師)による研修を実施している企業でさえ、そのほとんどが計画性や体系性を欠いた「思いつきの研修」である場合が多いのです。計画的、体系的、継続的に研修を実施している企業は、本当にごくわずかに限られています。
もちろん、eラーニングや社内講師による研修にも多くのメリットがあり、その有効性を否定するものではありません。しかし本当に重要なのは、eラーニング、社内講師、そして社外講師(外部講師)といった多様な研修手法のバランス、そして何よりも、提供される研修の「内容」と「手法」が、企業の成長と個人の能力開発にどれだけ貢献できるか、という本質的な視点です。
結論
日本の企業における人材育成の現状は、一般的に信じられているイメージとは大きくかけ離れたものです。欧米諸国と比較して極めて低い投資額、そして「コスト」として捉えられがちな研修の実施形態は、企業の競争力低下に繋がりかねません。形式的な取り組みに終始するのではなく、戦略的かつ体系的に、多様な手法をバランス良く組み合わせながら、真に従業員の「能力開発」と企業の「人的資本」を最大化するような研修へと転換することが、今後の日本企業の持続的な成長には不可欠です。
参考文献:
- 内田和俊『実践! 新社会人のキホン』(筑摩書房)