日本の道路を走行中、特に信号の手前で大型バスやトラックが「トロトロ」とゆっくり走行する姿を見て、いら立ちを感じた経験があるかもしれません。単に速度が遅いだけでなく、「なぜ赤信号の手前でそんなにのんびり走るのか」という疑問は多くのドライバーが抱くものです。しかし、この大型車両特有の運転操作には、燃料効率、交通安全、そして交通全体の円滑化といった、一般のドライバーには見えにくい重要な理由が隠されています。
この現象を深く理解することは、交通における相互理解を深め、ひいては日本の社会インフラを支える物流・公共交通の現状を知る一助となります。今回は、大型車のドライバー、特に減少傾向にあるバス運転士の「本音」に迫り、彼らが信号手前で惰性走行を選ぶ真の理由を解説します。
信号手前での「惰性走行」の真意
多くの普通乗用車は、前の信号が赤であることが明らかな場合、停止車両の手前までアクセルを踏んで走り、急ブレーキに近い形で停止する傾向があります。しかし、大型車の多くは、信号が赤であると認識すると早めにアクセルをオフにし、ゆっくりと惰性で走行します。この行動の根底には、「完全に停止したくない」という強い意図があります。
今日の車両はAT(オートマチックトランスミッション)が主流となり、発進時の操作負担は軽減されましたが、それでも大型車にとって発進と停止は最も神経を使い、運転操作量が増える局面です。特に、重い車両を完全に静止させ、再び動き出すまでには多大なエネルギーと時間を要します。信号が赤であるならば、いっそ青に変わるまで速度を落とし、停止せずに通過したいという考えが働くのです。
燃料消費と効率的な走行
大型車が惰性走行を選択する最大の理由の一つは、燃料消費の抑制と運転効率の向上にあります。これは普通車にも共通する要素ですが、大型車においてはその差が顕著です。時速0kmから発進するのと、時速5km程度の低速から再加速するのとでは、燃料消費量が大きく異なります。完全に停止した状態から巨体を動かし、巡航速度に乗せるまでには、普通車よりもはるかに長い時間と多量の燃料が必要です。
大型バスが赤信号の手前でゆっくりと惰性走行する様子。後続の乗用車からは、大型車の運転手の意図が理解されにくいが、実は効率的な理由がある。
そのため、大型車のドライバーは、どうせ停止しなければならないのであれば、信号が青に変わるまで粘り、「発進」ではなく「加速」で信号を通過することを試みます。これにより、発進時のもたつきをある程度カバーでき、結果として全体の交通流をスムーズにし、渋滞の発生を抑制することにもつながります。これは、単なる個別の燃費向上だけでなく、社会全体の交通効率に貢献する側面があるのです。
乗客の安全とブレーキ操作
特に乗客を輸送するバスの場合、惰性走行には乗客の安全という非常に重要な理由があります。バス車内で乗客が転倒するなどの事故は、主に停止時と発進時に集中して発生します。これは、車両の制動力が強力であること、そして発進時にかかる「G」(加速度)が大きいことに起因します。
そのため、バス停での停車など止むを得ない場合を除き、バスの運転士は可能な限り完全な停止を避けたいと本音では考えています。前の信号が赤になると、まずアクセルオフで惰性走行し、停止が必要な距離であれば排気ブレーキを併用して緩やかに減速させます。なるべくフットブレーキを強く踏むことなく信号をやり過ごすことで、停止時や発進時に発生する急なショックを回避し、車内事故のリスクを最小限に抑えることができるのです。
結論
大型車が信号手前でゆっくりと惰性走行する行動は、単なる「遅い」運転ではなく、燃料効率の最大化、交通全体の円滑化、そして乗客の安全確保という複数の理由に基づいた、計算された運転戦略です。特にバス運転士にとっては、乗客の命を預かる責任感からくる、極めて合理的な判断と言えます。
このような大型車両特有の運転事情を一般のドライバーが理解することは、道路上のストレスを軽減し、より安全で思いやりのある交通環境を築く上で非常に重要です。互いの運転行動の背景にある意図を尊重し合うことで、日本の交通はより円滑で、より安全なものになるでしょう。
参考文献:
- バスマガジン編集部 (Yahoo!ニュース掲載記事): 「前の信号が赤の時に大型車がトロトロ惰性走行するのには理由がある!」. 2024年7月19日公開. https://news.yahoo.co.jp/articles/6a0a150228dfaf65d8c363fe54e4f4dd40420f3b