「無罪、何で⁉ 司法は本当に狂っている!」──こんな怒りの声がインターネット上で渦巻いています。先日、熊本地裁が下したある判決が、日本の社会に大きな波紋を広げています。偽造通貨輸入の罪に問われた元技能実習生のベトナム国籍の男性に無罪が言い渡されたことで、「外国人が優遇されているのではないか」という長年の議論が再燃しています。本記事では、この注目の司法判断の詳細を深掘りするとともに、日本の外国人犯罪と司法制度における「優遇」の実態について、公的データに基づき検証します。
熊本地裁の「偽札無罪」判決詳細と世間の反応
2023年7月17日、熊本地裁は、偽造通貨輸入などの罪に問われていたベトナム国籍の男性に対し、無罪判決を言い渡しました。判決内容によると、男性は2023年6月から8月にかけて仲間と共謀し、3回にわたりベトナムから「聖徳太子」が描かれた旧1万円札の偽札計176枚を日本に輸入。これらの紙幣を熊本市内の金融機関で両替したとして、偽造通貨輸入などの罪に問われていました。
初公判で男性は「偽物の紙幣だと知らなかった」と主張。これに対し熊本地裁の中田幹人裁判長は、「旧1万円札が偽造されたものであると認識していたことについて、決定的な事情がなく、男性の『偽造を疑っていなかった』という供述を排斥できず、故意があったとは認められない」として、無罪判決を下しました。この「偽造を疑っていなかった」という供述を理由とした無罪判断は、ネット上で「同じ手口、同じ言い訳で外国人は偽札を持ち込めるのか」「偽札輸入でも無罪とは、覚えておこう」といった強い不満の声が上がり、司法への不信感が募る結果となりました。
「外国人優遇」論は事実か?公的データが示す実態
今回の判決を機に、外国人による犯罪とその司法上の扱いに焦点が当たっています。昨今の参議院選挙でも「外国人政策」が主要な争点の一つとなるなど、外国人との「共生」か「規制」かの方針は各政党によって大きく異なりますが、外国人による犯罪を懸念する声は根強く存在します。一方で、労働力不足を補う側面も認識されています。しかし、「外国人だけが優遇されている」という認識は、果たして本当に正しいのでしょうか。
法務省の統計に見る起訴率と無罪率
森實法律事務所の森實健太弁護士は、この疑問に対し法務省の公表データを引用して反論しています。法務省の「犯罪白書」(令和5年度版)によると、外国人を含む全体の起訴率は39.6%であるのに対し、来日外国人の起訴率は41.6%と、むしろ外国人のほうが起訴率が高い傾向にあります。このデータは、「外国人だけが優遇されているわけではない」という意外な事実を示唆しています。
また、「外国人は無罪になるケースが多い」という主張についても、法務省の「司法統計年報 刑事編」(令和6年版)を見ると、すべての地方裁判所の処分結果において、全体約4万7500件のうち無罪は85件、外国人の犯罪に限定した場合は約5500件のうち無罪は9件となっています。いずれも無罪率は1000件に1~2件程度であり、日本人と外国人の間で大きな差は見られません。森實弁護士自身も、「実務の肌感として外国人だけが優遇されているという感覚はなく、むしろ事案によっては日本人よりも厳しいと感じるケースさえある」と証言しています。
外国人人口増加と検挙数の動向
実際のデータからは、「外国人優遇」説が必ずしも事実ではないことが明確に否定できます。さらに、過去30年でおよそ130万人から370万人へと外国人の人口が約3倍に増加しているにもかかわらず、検挙された外国人の数は減少傾向にあります。具体的には、2005年の1万4786人から2023年には9726人にまで減少しています。これは、外国人人口が増加している一方で、外国人による犯罪件数自体は減少していることを示しており、社会の懸念と実態との間に乖離があることを浮き彫りにしています。
「外国人優遇」言説の拡散と社会背景
では、なぜ「外国人優遇」という言説がこれほどまでにネット上で広まり、世論を形成しているのでしょうか。報道番組ディレクターは、その原因を「実際の犯罪件数や不起訴・無罪の件数が増加したのではなく、SNSによる投稿が爆発的に増えているだけ」と指摘します。NHKの検証によると、2022年には「外国人優遇」というキーワードの投稿が50万件にも満たなかったのに対し、2023年6月時点では130万件を超えています。特に参議院選挙があった年は、「外国人優遇」が争点となったことで、関連キーワードの検索や投稿が大幅に増加したと考えられます。
この「外国人優遇」を問題視する訴えは、日本国民の生活苦や政府への不満の裏返しである可能性も示唆されています。経済的な停滞や社会保障への不安など、自らの生活が困難に直面する中で、特定の層が「優遇」されていると感じることが、不満の矛先となることがあります。
結び
今回の偽札輸入事件の無罪判決は、ネット上を中心に大きな議論を巻き起こし、「外国人優遇」という言説を再燃させました。しかし、法務省や司法統計の公的データを検証すると、外国人犯罪の起訴率や無罪率、さらには検挙数において、「外国人だけが不当に優遇されている」という明確な証拠は見当たりません。むしろ、データは逆の傾向や、日本人と同等、あるいは場合によってはより厳しい対応が取られている実態を示しています。
この言説の広がりは、実際の犯罪動向よりも、SNSでの情報拡散の加速や、現代社会が抱える経済的・社会的な不満が複雑に絡み合って生じている可能性が高いと言えるでしょう。日本社会が外国人との共生を模索する中で、感情論に流されず、客観的なデータに基づいた冷静な議論が求められています。
参考文献
- 法務省「犯罪白書 令和5年版」
- 法務省「司法統計年報 刑事編 令和6年版」
- FRIDAYデジタル (https://friday.kodansha.co.jp/article/428785)
- Yahoo!ニュース (https://news.yahoo.co.jp/articles/a4e60de5d9a8534547e919754cb5b3d70f7f5e7a)
- NHKによる「外国人優遇」関連キーワード検証 (言及箇所に基づく)