日本の温泉街に迫る外国資本の波:石和温泉で浮き彫りになる現実

日本の伝統的な温泉地が今、新たな変化の波に直面しています。特に、国内外からの観光客を惹きつけてきた名湯に、外国資本の流入が顕著になりつつあります。本記事では、その実態を山梨県の石和温泉を例に挙げ、投資の背景にある動機、地域経済への影響、そして今後の課題について深掘りします。観光需要の回復が進む中で、日本の「すみか」がどのように買われ、変貌しているのか、その現状に迫ります。

首都圏の奥座敷「石和温泉」の変貌

東京都心から特急でわずか1時間半に位置する山梨県の石和温泉は、かつては企業の社員旅行などで賑わい、「首都圏の奥座敷」として親しまれてきました。しかし、バブル経済崩壊後の長期不況に加え、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが重なり、この温泉街全体は厳しい苦境に喘いでいました。

そんな石和温泉にある一軒の旅館を訪れると、大型バスが何台も到着し、大勢の旅行客が降り立つ光景がありました。耳に入ってくるのは中国語。彼らは中国からの団体客です。この旅館は、中庭に錦鯉が泳ぎ、随所に和の趣が凝らされた伝統的な造りですが、現在は中国系の企業がオーナーを務めています。

石和温泉街に到着する中国からの団体客を乗せた大型バス石和温泉街に到着する中国からの団体客を乗せた大型バス

楽気ハウス甲斐路の宮健太支配人によると、経営が完全に変わったのは2023年のことです。新たな中国人オーナーは、海外の視点から見た日本の魅力に気づき、その価値を最大限に引き出そうとしているとのこと。中国系資本に変わったことで、コロナ禍後の急速なインバウンド需要を見事に取り込み、客足は増加の一途を辿っています。多い時には5台のバスで団体客が訪れることもあるといいます。

外国資本による買収の実態と専門家の見解

実は石和温泉では、この旅館以外にも中国をはじめとする外国資本によって複数の旅館が買収されている現状があります。笛吹市観光商工課の角田一満課長は、市が把握しているだけでも約10軒に上ると推測しており、これは石和温泉全体の約4分の1に相当すると考えられています。しかし、地元の組合に加盟していない旅館も多く、正確な実態は掴みきれていないのが現状です。

外国資本による旅館の買収は、今後さらに増加する可能性も指摘されています。中国のSNS上では、「富士山の麓にある旅館を譲渡します!投資のチャンス!」といった石和温泉に関する投稿も散見され、日本の不動産や観光施設への投資意欲の高さが伺えます。

ホテル旅館経営研究所の辻勇自所長は、温泉旅館業界に詳しい専門家として、石和温泉で売りに出される旅館の9割が外国資本に購入されていると指摘します。購入価格についても、「日本人の2倍は出す」と述べ、その理由として富士山に近く、東京と京都のほぼ中間地点に位置するという、地理的な優位性を挙げました。これにより、購入後も十分な利回りが見込めると分析しています。売却側としては日本人への売却を望む声もあるものの、廃墟となるよりは良いとの判断から、外国資本への売却が進んでいるのが現実です。

中国企業が買収した石和温泉の旅館の外観中国企業が買収した石和温泉の旅館の外観

インバウンド回復の光と地域経済への影

外国資本の導入により、インバウンド需要を取り込み客足が回復した旅館がある一方で、その影響は温泉街全体に均等に及んでいるわけではありません。多くの中国人宿泊客が旅館内に滞在し、施設内で食事や購買を済ませる傾向が強いため、一歩旅館を出ると温泉街にはほとんど人通りがないという状況が浮き彫りになっています。

地元の商店からは、「海外の人は全然来ない。(来るのは)近所の人や日本の観光客ばかり」といった嘆きの声が聞かれ、旅館に人が戻っても、温泉街全体への経済的恩恵は限定的であることが示されています。笛吹市観光商工課の角田課長は、この状況に対し、「日本のルールを共有し、お互いにこの地域を盛り上げていってもらえれば」と、外国資本のオーナーに対し、地域との協調を求める姿勢を示しています。

結論

日本の温泉街に押し寄せる外国資本の波は、衰退していた旅館に新たな息吹を吹き込む一方で、地域経済全体への利益還元という新たな課題を提示しています。インバウンド需要の恩恵をいかに地域全体に波及させるか、そして日本の伝統的な温泉文化と国際的なビジネスモデルをいかに共存させていくか。これは、石和温泉だけでなく、日本全国の観光地が直面する共通のテーマであり、今後、地域住民、自治体、そして新旧の事業者間の協力と対話が不可欠となるでしょう。持続可能な観光地としての発展には、単なる経済的利益追求だけでなく、地域社会との調和と共栄が求められます。


参考文献: