日本人女性初のプロボディビルダーとして知られ、現在は画家としても活躍する飯島ゆりえ氏。彼女は1999年にプロ引退後、パーソナルトレーナーとして活躍し、60歳からは絵画の世界へ転身しました。本記事では、常に新たな道を切り開き続ける飯島氏が語る、キャリアチェンジにおける不安との向き合い方、そして「潔い」決断の裏にある心構えを深掘りします。
プロ引退後の「新たな挑戦」:パーソナルトレーナー黎明期
1999年にプロボディビルダーを引退した飯島ゆりえ氏は、専門学校講師と並行し、ゴールドジム公認パーソナルトレーナーとして活動を開始。「パーソナルトレーナーが出始めた時代だから、それだって“最初”でした」と語ります。当時の依頼者は「お腹を引っ込めたい普通のおじさん」や「スリムになりたい普通の女性」が主で、「楽して結果がほしい」ニーズは今も昔も変わらないと指摘します。
プロボディビルダー時代の飯島ゆりえ氏:鍛え上げられた肉体と当時の表情
グラフィックデザイナーに戻らなかった「潔い」選択
かつてグラフィックデザイナーだった飯島氏ですが、引退後にその道に戻ることはありませんでした。理由は、業界がパソコン作業へ移行したため。「今からパソコンを覚えて、グラフィックをやろうとは思えなくて。できないんだもん」と潔く語ります。この、過去に固執せず次へとスッパリ進む彼女の姿勢は「潔い」と評価されるでしょう。
不安を克服する哲学:「自分以上のものを望まない」生き方
新たな道へ踏み出し続ける飯島氏の心持ちはどこにあるのでしょうか。彼女は「不安になったりするのは、自分以上のものを望むからじゃない?」と問いかけます。アメリカ帰国後、グラフィックデザイナーとして再就職する際、彼女はあえて池袋の小さな会社を選択。「高望み」は相手に優位性を与え、主体性を失わせると考えたからです。「自分以上のものを望もうとすると、主体的じゃなくなる」という言葉は、自らが「何をしたいか」を明確にし、主体的に行動することの重要性を示唆しています。
プロボディビルダーからパーソナルトレーナー、そして画家へ。飯島ゆりえ氏のキャリアは「潔い」決断と新たな挑戦の連続です。過去に固執せず、「自分以上のものを望まない」という哲学は、主体的に人生を切り開き、不安を乗り越えるための重要な示唆を与えます。「自分が何をしたいか」を明確にし、行動することの価値を、彼女の生き方が示しています。