本連載が100回目を迎えることができました。これもひとえに、長きにわたりご愛読いただいている皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。
この記念すべき節目に、私は改めて田中芳樹氏のSF大作『銀河英雄伝説』を読み返しました。1982年から89年にかけて本編10巻、外伝5巻にわたって綴られたこの壮大な物語は、単なるSF小説にとどまらず、現代の日本社会が抱える政治的、社会的な問題と驚くほど深く共鳴していることに気づかされます。本稿では、『銀河英雄伝説』が持つ時代を超えた普遍的なメッセージ、特にその作中に登場する「名言」を通じて、今日の日本の「腐敗」と「愚かさ」について考察します。
「銀河英雄伝説」が描く壮大な宇宙と人間ドラマ
『銀河英雄伝説』は、はるかな未来の銀河系宇宙を舞台に、皇帝が統治する専制国家「銀河帝国」と、それに抗する民主主義国家「自由惑星同盟」、そして両者の間に位置する自治領「フェザーン」という三つの勢力が織りなす一大叙事詩です。物語の中心にいるのは、銀河帝国の「ラインハルト・フォン・ローエングラム」と自由惑星同盟の「ヤン・ウェンリー」という、対照的な二人の軍事的天才です。
ラインハルトが皇帝への強い敵意と国家簒奪への熾烈な意志を秘める一方、本来歴史学者を志望しながら成り行きで軍人となり、「早く年金生活に入りたい」と願うヤンのような、どちらかといえば怠惰な性格という、その対照的なキャラクター造形は多くの読者を惹きつけます。彼らを支える個性豊かな帝国軍の面々や、ヤンの才能を認めつつも自由奔放な同盟軍の軍人たちもまた、物語に深みを与えています。
作中では、それぞれの組織内部における腐敗、葛藤、確執が克明に描かれるほか、すべてを裏から操ろうとする狡猾なフェザーンや、カルト教団である地球教といった陰謀勢力が登場します。これらの陰謀もまた、必ずしも予定調和的に進むわけではなく、仕掛ける側にも誤算が生じ、思惑通りに事態が進まない展開は、現代社会の複雑な現実を暗示しているかのようです。未読の方は、ぜひこの傑作に触れてみてください。漫画やアニメ版もおすすめです。
現代日本に響く「銀英伝」の名言
『銀河英雄伝説』の大きな魅力の一つに、登場人物たちが放つ珠玉の「名言」の数々があります。これらは単に物語世界を彩るだけでなく、その適用範囲の広さから、現代の日本社会の現状にも驚くほど当てはまるものばかりです。読み返してみると、まさに「ざっくざっく」と見つかるほどでした。
権力と腐敗の本質を突く言葉
作品が書かれたのは、日本経済が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称され、バブル経済の絶頂期に向かっていた40年前のことです。にもかかわらず、今の日本社会、特に政治の状況に深く突き刺さるような名言が数多く存在します。
「この世でもっとも醜悪で卑劣なことはな、実力も才能もないくせに相続によって政治権力を手にすることだ」
この言葉は、世襲によって要職に就き、実力やビジョンが伴わないまま権力を振るう政治家たちへの痛烈な批判として、現代の日本でもたびたび耳にする不満と重なります。
「政治の腐敗とは、政治家が賄賂をとることじゃない。それは個人の腐敗であるにすぎない。政治家が賄賂をとってもそれを批判することができない状態を、政治の腐敗というんだ」
これは単なる個人の汚職を超え、政治システムそのものが健全なチェック機能を失い、国民やメディアがその不正を追及できない状況こそが真の腐敗であると喝破しています。最近の政治資金を巡る不祥事など、様々な問題に対して国民の不信感が募る一方で、明確な責任追及がなされない現状を深く示唆していると言えるでしょう。
「一流の権力者の目的は、権力によって何をなすか、にあるが、二流の権力者の目的は、権力を保持しつづけること自体にある」
現代の日本の政治を見渡せば、国家や国民のための明確なビジョンよりも、自身の地位や政党の権力をいかに維持するかに腐心しているように見える政治家が少なくありません。この名言は、そうした現状を鋭く批判するかのようです。作品が描かれた好景気の時代とは異なり、現代日本が「まっさかさまにおちてでざいあー」(欲望が落ち込む)とも形容される閉塞感に覆われているからこそ、これらの言葉の重みは増しています。
「あほうだ」:直感と現実の符合
個人的に最も印象に残る名言の一つに、外伝『ダゴン星域会戦記』に登場する以下の身も蓋もない一節があります。
「やっとわかった。帝国軍は、あほうだ」
「賛成」
社会の「愚かさ」に直面する様子を描いたイラスト
このシンプルながらも強烈な言葉は、論理や理屈を超えて、現実に直面した時の直感的な失望や諦念を表しています。「帝国軍」という組織を「あほうだ」と一刀両断するこの表現は、現代社会における理不尽な決定や非効率なシステム、あるいは理解不能な行動を前にした時、「ついにわかった。彼らは愚かだ」と感じる私たちの心情と驚くほど合致します。この普遍的な「愚かさ」の認識は、時代や組織を問わず、多くの人が共感するものでしょう。
時代を超えて語りかけるメッセージ
『銀河英雄伝説』は、単なるSF作品としてだけでなく、人間の本質、権力のあり方、そして社会の病理を深く抉り出す、まさに「生きた教科書」のような存在です。約40年前に書かれた名言の数々が、21世紀の現代日本にこれほどまでに響くという事実は、私たちの社会が抱える構造的な問題が、いかに根深く、そして未だ解決されていないかを物語っています。
この作品を通じて、私たちは現在の政治や社会の動きをより批判的、かつ多角的に捉え直す機会を得ることができます。『銀河英雄伝説』が問いかける「腐敗」と「愚かさ」の本質は、現代を生きる私たち一人ひとりが、より良い社会を築くために何ができるのかを考えさせる、示唆に富むメッセージであると言えるでしょう。