日本の入管問題:引き裂かれる外国人家族の現実と人権侵害

アメリカではトランプ政権下で移民税関捜査局(ICE)による移民の摘発や政府施設への収容が拡大し、家族との再会が困難になる事例が報じられました。しかし、外国人の「家族が共に暮らす権利」や「裁判を受ける権利」が侵害される事態は、アメリカに限らず日本においても多々発生しています。本記事では、ジャーナリストの平野雄吾氏の著書『ルポ 入管――絶望の外国人収容施設』(2020年、ちくま新書)から、日本の入管施設における外国人親子の分離問題や、外国人が弁護士を呼び裁判を受ける権利が侵害されている実情について、その内容を抜粋し、詳細に掘り下げていきます。これは、日本の出入国管理政策が引き起こす人権問題の一端を浮き彫りにするものです。

国際人権法と日本における家族分離の実態

日本の入管当局は頻繁に片親のみを入管施設に収容したり、強制送還を実施したりすることで、結果的に外国人家族の親子分離を生じさせています。残された子どもはもう片方の親と暮らすことになりますが、片親の消失という急激な家庭環境の変化は、子どもに計り知れない大きな影響を及ぼします。

入管当局は、外国人の出入国管理は国家主権に関わるものであり、誰を入国させるかは国家が自由に決定できるとの見解を繰り返し示しています。一方で、国際人権法において「家族が共に暮らす権利」は明確に認められており、人権団体は「個別の事情を十分に考慮し、日本に定着している外国人には在留を許可すべきだ」と強く訴え、国際的な基準に則った運用の必要性を主張しています。

東京入管での悲劇:5歳児と引き離された母の証言

2018年1月、東京入管で実際に起きた悲劇は、親子分離問題の深刻さを物語っています。職員が母親の膝の上からわずか5歳の息子を強引に引き離し、泣き叫ぶ息子と取り乱す母親の姿は、周囲の目に焼き付くものでした。職員が息子を連れ去ると、母親の視界から息子の姿は消え、悲痛な泣き声だけが響き渡りました。

グエン・ティ・マイさん(仮名、当時46歳)は、抱いていた息子が連れ去られた衝撃を今も忘れることができないと語ります。「息子の泣き声が頭に響いている」。家族と強制的に分離され、祖国ベトナムへ強制送還されたマイさんは、故郷ホーチミン郊外からテレビ電話の取材に応じ、その悔しさを涙ながらに訴えました。

群馬県伊勢崎市で夫のファン・バン・クオンさん(仮名、当時52歳)や息子と3人で暮らしていたマイさんは、正規の在留資格を持たず、仮放免の状態でした。就労ができないため専業主婦として家族を支え、子どもの世話をする毎日。月に一度、仮放免の延長手続きのため東京入管に出頭するのが日常でした。

突然の収容と強制送還の経緯

2018年1月30日、毎月の出頭日と同じように息子を連れて東京入管へ向かったマイさんは、仮放免の許可が延長されるものと考えていました。しかし、この日はいつもと様子が違ったのです。職員は突然、「旦那さんを呼んでください」と告げました。クオンさんが数時間後に急いで駆けつけると、彼に投げ掛けられた言葉は「これからあなたは入管に泊まることになります。きょうは自宅には帰れません」という衝撃的なものでした。

「気が動転して席を立ってしまった」と振り返るクオンさんがその場を離れると、入管職員はマイさんに対し「お子さんとは別の場所になります」と告げました。息子の顔は青ざめていたといいます。

「10人ぐらいの職員がいました。男性も女性も。抱いていた息子は膝の上から引き離され、どこかへ引っ張っていかれました。私は押さえつけられた後、別の部屋に連れて行かれました」。マイさんは当時の状況を語ります。ベトナム人通訳は「あなたは帰国します」と一方的に畳み掛けました。「息子はどこにいるの?」とすがるように尋ねるマイさんに、職員は通訳を介して「わかりません。私は知りません」と冷たく答えるのみでした。

東京入管では、フィリピン人やタイ人らと6人部屋に収容されました。8日後の2月7日午後6時半ごろ、別の部屋に移されると、そこにはベトナム人女性が4人おり、そのうち2人には日本人の夫がいました。翌2月8日の午前2時半、再度部屋から出され、車に乗せられました。

入管施設での面会制限により家族が引き離される外国人親子のイメージ。国際的な人権基準と日本の入管政策の間に存在する課題を示す。入管施設での面会制限により家族が引き離される外国人親子のイメージ。国際的な人権基準と日本の入管政策の間に存在する課題を示す。

職員から「もうだめだから」と告げられ、マイさんに手錠がかけられました。車が向かった先は羽田空港で、チャーター機により集団で強制送還されることになったのです。機内では、厳重に警備する職員の姿が目に飛び込んできました。

「離陸すると、手錠は外されました。職員に挟まれるように着席し、トイレに行くときにも職員が付いてきます。ドアを完全に閉めることは許されず、少し開けたままでした」。マイさんは機内の様子を語りました。解放されたのはベトナムの首都ハノイのノイバイ国際空港でした。「突然の収容と送還で荷物はありません。所持金は1万1円でした。ホーチミンまで帰るお金がなく、飛行機で知り合った女性の口座に姉から振り込んでもらい帰りました」と、突然の事態が招いた困難を証言しました。

まとめ

本記事では、平野雄吾氏の著書『ルポ 入管――絶望の外国人収容施設』から、日本の入管政策が引き起こす外国人家族の親子分離という深刻な人権侵害の現状を、具体的な事例を通じてご紹介しました。国際人権法で保障されている「家族が共に暮らす権利」が、国家の出入国管理主権の名の元に侵害される実態は、多くの外国人、特に子どもたちに深い心の傷を残しています。

グエン・ティ・マイさんの事例は、入管当局による一方的な収容や強制送還が、いかに個人の生活や家族関係を破壊し、人権を軽視しているかを示しています。荷物を持たされず、わずかな所持金で異国の地へ送還されるといった非人道的な措置は、国際社会からの批判も招きかねません。

この問題は、単なる出入国管理の範疇を超え、日本社会が人権とどのように向き合うかという根本的な問いを投げかけています。日本の外国人政策において、個別の事情や子どもの最善の利益を考慮し、より人道的な対応が求められていると言えるでしょう。

参考資料

  • 平野雄吾 (2020). 『ルポ 入管――絶望の外国人収容施設』. ちくま新書.