連載『孤独のファイナル弁当』――。漫画家であり音楽家、そして『孤独のグルメ』の原作者である久住昌之が、「人生最後に食べたい弁当」を求めて旅するグルメエッセイ。今回、彼が注目したのは、横浜・昇龍園の「涼麺(醤油)」だ。伝統的な醤油味の冷やし中華が弁当としてどのように提供され、その味は一体どうだったのか。暑い夏の日、仕事場で食すこの一品が、久住昌之の舌と心に何を訴えかけたのか、その詳細に迫る。
冷やし中華弁当、その携帯性と期待
早くも猛暑が到来する中、「冷やし中華弁当」という選択肢は、まさに時宜を得たものだった。駅ビルで購入した横浜・昇龍園の「涼麺(醤油)」、価格は798円。冷やし中華は伝統的でオーソドックスな醤油味が好ましいと久住は語る。味噌味や黒酢味は望まないという。この「涼麺」は「生麺使用」と記されており、麺と具材が別々の容器に、スープも袋入りで提供されているため、「弁当」として持ち運びやすいのが特長だ。
午後3時、仕事場で小腹が空き、まさに冷やし中華を欲する気分の時に、この弁当を開封する。皿に盛り付けるのではなく、この容器のまま食べることが「弁当らしさ」だと久住は言う。「瀬戸内産レモン果汁使用」と書かれたスープ袋を慎重に開け、ハネこぼしに注意しながら麺にかけ回す。焦らず箸で丁寧に麺をほぐす作業は、油ダレが白いシャツに飛び散る最悪の事態を避けるためだ。時間をかけて固まった麺をほぐしていくと、その振動と目視から麺の質の良さが伝わってくる。
横浜・昇龍園の「涼麺(醤油)」弁当。色とりどりの具材が食欲をそそる冷やし中華
麺と具材へのこだわりと評価
麺がほぐれたところで、いよいよ具材をのせる。薄い別皿に美しく並べられた具材を、一気にひっくり返して麺にのせるような愚かな行為はしない。かつて自身が似たような失敗をした経験から、一つ一つ箸で丁寧に麺の上に盛り付けていく。元の美しい配置を参考にしつつも、久住昌之流のアレンジを加える。彼にとって紅生姜は中心に置かれるべき存在であり、海老はそれほど重要視されず脇役に回される。
きゅうりは重要だが、この弁当では量が少ないと久住は指摘し、「ケチだ」と感じる。また、冷やし中華にクラゲやキクラゲは不要だという。それらの歯応えが麺と口中でぶつかり、味を複雑にするというのだ。この辺りは昇龍園の意地とプライドが感じられる部分かもしれない。モヤシはむしろ好きであり、錦糸卵も必要不可欠な存在だ。紅生姜、錦糸卵、きゅうりの赤・黄・緑の彩りは冷やし中華に必須だと語る。肉系では、細く切ったチャーシューが一番、ハムの細切りが二番。ここに入っている鶏の蒸し肉は、まあ悪くない、といった感じで三番手、いわば補欠のような扱いだと、冗談めかして述べている。
冷やし中華の彩り豊かな具材:錦糸卵、キュウリ、海老、紅生姜など8種が並ぶ
期待を超える味の発見と完食
辛子を容器の隅に全て出し、それを少し付けたきゅうりと麺から食べ始める。一口食べると「うまい」という感想が漏れる。予想通り麺の質が良く、しっかりとした歯応えがある。そこにきゅうりの瑞々しさが夏の涼を感じさせ、スープの味もまた素晴らしい。「わぁ、これはいいぞ」と、久住は喜びを隠せない。
もやしと紅生姜と錦糸卵のあたりをざくっと混ぜて食べてみると、紅生姜の存在感が際立って良い。紅生姜を惜しまない昇龍園の姿勢を「スバラシイ」と評価する。普段不要と感じるキクラゲも食べてみると「ああ、はいはいオイシイオイシイ」と、二度繰り返すほどには満足げだ。蒸し鶏も麺とスープによく合い、さすがの一言。どんどん食べ進め、終盤に食べた海老はプリッとしており、その美味しさに「お見それしました」と久住は脱帽する。
一気に完食した久住昌之は、「腹八分目の大変立派な冷やし中華弁当でした」と締めくくった。猛暑が続く日々には、まさにこの「涼麺」こそが最適な選択肢だと実感したようだ。
筆者情報
久住昌之:1958年、東京都出身。漫画家・音楽家。代表作に『孤独のグルメ』(作画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(作画・水沢悦子)など。
記事ソース
日刊SPA! (https://news.yahoo.co.jp/articles/d0adf17e8e93b79bbd59fca04f7ad5b8164445f7)