日本の食卓に欠かせないコメの価格動向が、再び注目を集めている。小泉進次郎農林水産相による備蓄米の放出により、一時的に小売価格が下落したものの、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、この動きが本質的な問題解決には至っていないと警鐘を鳴らす。JA農協の在庫調整能力と政府の政策が複合的に作用し、コメ価格の高止まりが続く可能性が指摘されている。
コメ価格「見かけ上の下落」の実態
現在のコメ小売価格は、一時的に5キログラムあたり3500円程度まで低下したと報じられている。しかし、これは小泉農相が備蓄米を5キログラム2000円程度で「特売」した結果、全体の平均価格が引き下げられたに過ぎない。市場で流通している従来の銘柄米の価格は、いまだに5キログラムあたり4300円程度と高水準を維持しており、ほとんど下落していないのが実情だ。
統計データもこの見方を裏付けている。7月27日までの1週間における小売店でのコメ平均価格は、前の週と比較して40円高い5キログラムあたり3625円と、小幅ながら10週ぶりに値上がりに転じた。さらに、2023年までは銘柄米であっても2000円を下回る水準であったことを考慮すると、現在の4000円を超える価格は「異常」と断じざるを得ない。備蓄米の在庫が尽きれば、平均価格は再び4000円台へと上昇に転じる可能性が高い。
小泉進次郎農林水産相が閣議後に記者会見する様子。コメ価格の動向と政府の備蓄米放出政策について言及。
JA農協の「高値維持戦略」とその影響
コメ価格が高止まりする背景には、JA農協の戦略的な動きが見え隠れする。JA農協は現在、農家に対し、平年の2倍以上となる高水準の概算金(出来秋に支払われる仮渡金)を提示している。これに農協の諸経費が上乗せされると、玄米60キログラムあたり2万8000円という史上最高水準の価格となる。この玄米価格は、精米ベースで5キログラム4300円に相当するとされており、この価格を下回って販売すれば卸売業者は損失を被るため、市場価格が下がりにくい構造となっている。
また、コメの生産量が増加した場合でも、JA農協が在庫を調整し、市場への供給を減らすことで価格下落を防ぐことができる。これは過去にも見られた動きであり、需要と供給のバランスを意図的に操作することで、コメの高価格が維持される可能性を秘めている。
生産量増加への期待と課題、そして輸入米の影響
米価高騰を受け、麦や大豆、あられ・せんべい用などのコメから主食用コメへの生産転換が期待された。しかし、新潟などの主要なコメ産地では、2023年産米の不足を引き起こした猛暑と少雨の影響が今年も懸念されており、安定的な生産量増加には課題が残る。
国際的な視点では、7月23日に行われた日米関税交渉での合意も注目される。アメリカ産米の輸入割合が拡大されることで合意したが、これは「ミニマムアクセス枠」(年間77万トン)の範囲内での比率増加(45%から65%へ)に過ぎず、しかも輸入されるコメは食用には向けられないとされている。これは、農林族議員やJA農協の反発を考慮し、国内のコメ価格を下げることを避けるための措置とみられている。過去に輸入米の活用で価格を下げると発言していた小泉農相の主張が変更された点も、国内のコメ政策における複雑な力学を示唆している。
結論:依然として「コメ問題」は未解決のまま
コメの小売価格が一時的に下落したという報道は、備蓄米の放出による「見せかけ」に過ぎない。従来の銘柄米価格は依然として高水準を維持しており、JA農協による概算金の設定や在庫調整の動き、さらには輸入米に関する政府の姿勢も、コメ価格の高止まりを支える要因となっている。
消費者にとって、コメは日々の食生活に不可欠な存在である。短期的な価格変動に一喜一憂するのではなく、根本的な供給構造や政策の課題を理解し、今後のコメ価格の動向に引き続き注意を払う必要があるだろう。