日本が太平洋戦争の敗戦を迎えて80回目となる2025年8月、平和への深い問いかけを込めた映画『ハオト』が公開されます。本作は、2005年に下北沢の本多劇場で上演された俳優・劇作家の丈(じょう)氏による創作舞台を基に、丈氏自らが監督を務め、新たに劇場映画として完成させた「戦後80周年平和祈念作品」です。主演には、数々のドラマや映画で活躍する実力派俳優、原田龍二さんが抜擢されました。この映画は、従来の戦争映画とは一線を画し、極限状況下における人間の内面に深く切り込むことで、改めて平和の尊さを訴えかけます。
原田龍二が語る「ハオト」への覚悟
原田龍二さんは、丈監督とはこれまで舞台での共演や撮影所での交流があり、互いを知る間柄でした。その丈監督から直接、映画『ハオト』への出演依頼を受けた際、原田さんはテーマが「戦争」というシリアスな内容であると知り、全身全霊で臨むべきだと強く感じたといいます。これまでのキャリアで戦争の時代を描いた作品には出演経験があるものの、ここまで物語の中心に戦争が深く据えられた作品は初めての経験だと語り、役に対する並々ならぬ決意を示しています。
戦時下の「精神病院」で描かれる人間模様
物語の舞台となるのは、太平洋戦争末期の日本。軍が管理するある施設です。表向きは精神を患った者が入所する精神病院とされていますが、その病棟には、時代の狂気に翻弄される様々な人々の姿がありました。未来を予見するかのように日本の戦況を告げる「閣下」(三浦浩一)、意味不明のうわごとをつぶやき続ける荒俣博士(片岡鶴太郎)、彼らを温かく見守る婦長(高島礼子)、そして窓の外の遠い世界に宛てた手紙を鳩に託し続ける少女(村山彩希)。彼らの間に織りなされる人間模様が、この映画の核を成します。
この作品には、一般的な戦争映画のような前線や戦場の激しい描写はほとんどありません。物語はほぼ病棟内の人間ドラマで展開されますが、原田さんは「こういう見せ方があるのかと思ったほど、確かに戦争が存在していました」と語ります。役者たちがそれぞれの立場で戦時を生きる者の「空気」を作り出し、現場に醸し出された張り詰めた緊張感が、硝煙がなくとも非常時であることを鮮明に伝えていたと、その演技の深さに触れています。
映画「ハオト」で主演を務める俳優・原田龍二さんが、作品のテーマである戦争について真剣な表情で語る様子。
水越が辿る複雑な道のり:抵抗から激情へ
原田さんが演じるのは、海軍兵の水越という男です。彼は戦いを拒み続けるがゆえに、病人のように扱われこの施設で日々を過ごしていました。しかし、ある出来事を境に、彼は自ら戦いの渦中へと身を投じることになります。原田さんは、役の変遷について「前半は戦いから遠ざかった男としてクールに。それが後半、激情に駆られる男へガラリと姿を変えます」と説明します。この水越という男の複雑な感情の機微を演じるにあたり、原田さんは主演としての気負いはなく、他の登場人物たちとの共演の中で、役を物語に自然と溶け込ませることができたと振り返っています。
「人は簡単に生き方を変えてしまう」時代の渦に巻き込まれる心理
戦いに疲れ果てた男が、憎しみに満ちた心で銃を取る。それは、人間が抗いようのない巨大な時代にのみ込まれていく姿そのものです。原田さんは「実は、人間は巨大な出来事を前にした時、簡単に生き方を変えてしまうのかもしれません」と問いかけます。その時の心情がどのようなものなのか、水越の気持ちを深く理解するためには、実際にその場面に立ち、俳優として相手役と向き合い芝居をすることで、何かが変わっていくのを感じたといいます。役を通じて、戦争という極限状況が人間に及ぼす心理的な変化をリアルに体感したことが伺えます。
本土の「銃後」が問いかける狂気と平和工作
本土の、いわゆる「銃後」に位置する病棟は、本来、戦争から最も遠い場所のはずでした。しかし、軍はその施設にソ連密使を招き、極秘の和平工作を画策します。しかし、この試みは予期せぬ混乱を招き、平穏なはずの場所にも戦争の影が容赦なく侵食していきます。人を傷つけることに迷いがない者と、施設に収容される「病める者」。一体、人の何を指して「狂気」と呼ぶのか。映画は、日本人が最も大きな傷を負った昭和20年という時代から、現代に生きる私たちへその問いを投げかけます。
歴史を刻むロケ地:明治時代の廃校が語る力
映画『ハオト』の舞台を支えたのは、長野県佐久市にある、明治時代に建てられた廃校です。この歴史ある建物は、単なる背景ではなく、物語のもう一つの主人公といっても過言ではないほどの存在感を放っています。原田さんは、時代劇の経験から「場に宿る力」を何度も感じてきたと語ります。美術スタッフが、映るかどうかも分からない細部にまでこだわり抜いた演出は、役や現場の空気に大きな力を与え、衣装をまといその空間に足を踏み入れると、自然と気分が高揚し、役へのスイッチが入ったと述べています。この廃校が持つ「力」が、作品のリアリティと深みを一層引き出しています。
映画『ハオト』は、過去と現在を結び、80年前に確かに生きていた人々と、現代に生きる私たちとを作品を通して交わらせる、丈監督が劇場に設けた特別な空間とも言えるでしょう。戦後80年という節目に、改めて戦争と平和、そして人間の尊厳について深く考える機会を与えてくれる重要な作品です。
映画『ハオト』情報
- 公開日: 2025年8月8日
- 公開劇場: 池袋シネマ・ロサほか全国順次公開
- 公式サイト: https://haoto-movie.com/
情報源:
- 児玉 也一/週刊文春 2025年8月14日・21日号
- 参照元: Yahoo!ニュース