静岡県伊東市・田久保市長「ニセ卒業証書疑惑」法廷戦略の深層とは

静岡県伊東市の田久保眞紀市長が、その真偽が問われる卒業証書を提出せず、市長の座に固執する姿勢を見せています。この徹底抗戦の裏には、市長と20年来の付き合いがあるという東洋大学法科大学院卒の福島正洋弁護士による法的な助言があると報じられています。本記事では、この福島弁護士が田久保市長に提供しているとされる戦略が、果たして法的にどれほど正当なものなのかを、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士の解説を基に深掘りします。伊東市民のみならず、日本の地方政治に関心を寄せる人々にとって、この法廷戦略の行方は大きな注目点となっています。

「黙秘権」は書類提出には適用されない:法的な誤解

田久保市長は、偽物疑惑のある卒業証書を現在、福島弁護士の事務所の金庫に厳重に保管しており、頑として公開しようとしません。この対応について、西脇弁護士は「時間稼ぎをしているようにしか見えない」と指摘しています。福島弁護士は、田久保市長が当面の事態を乗り切るために、あらゆる法律用語を駆使しているように見えると西脇氏は述べています。

例えば、田久保市長が百条委員会に提出した回答書の中で持ち出したのが、憲法第38条第1項に規定される「黙秘権」です。市長は、公職選挙法違反容疑で市民から刑事告発されている状況を踏まえ、卒業証書の提出拒否は「自己に不利益な供述を強要されない権利に基づく『正当な理由』に該当する」と主張しました。

しかし、西脇弁護士はこの主張に対し、「黙秘権は不都合なことを『話さなくていい』という権利であって、『書類の提出』とは別の問題」と明確に異を唱えています。百条委員会は強力な権限を有しており、正当な理由なく求める文書の提出を拒否すれば罰則が科されることが法律で定められています。このような状況で「黙秘権」を持ち出すのは、一見するともっともらしく聞こえますが、法的には筋違いであると西脇氏は断じています。

記者会見で続投を表明する伊東市 田久保真紀市長と弁護士福島正洋氏記者会見で続投を表明する伊東市 田久保真紀市長と弁護士福島正洋氏

「押収拒絶権」の限界:卒業証書は「秘密」か?

次に、福島弁護士は、今後司法が介入して金庫から卒業証書を強制的に押収する可能性について、「押収拒絶権があるので許されない」と主張しています。

これについても、西脇弁護士は次のように解説します。「確かに弁護士は、業務上保管・所持する物で『他人の秘密』に関するものについては、押収を拒むことができると法律で定められています。しかし、今回の場合、預かっているものは『卒業証書』。これが『秘密』といえるのか疑問です。」つまり、卒業証書が「他人の秘密」という法的要件を満たすかどうかが争点となり、福島弁護士の主張が必ずしも成立するとは限らないという見解を示しています。

いずれの理屈も法的に無理があると西脇弁護士は指摘します。「どこまで頑張っても捜査機関が本格的に捜査に乗り出せばいつかは行き詰まる可能性が高い」としながらも、議会や百条委員会には市長側から強制的に証拠を押収する権限がないという現状にも言及しています。百条委員会ができるのは、市長を地方自治法違反等で告発するところまでです。

「時間稼ぎ」か「風待ち」か:高リスクな戦略の行方

このような状況下で、市長側は「後に有罪の証拠となりうるNGワードに気をつけつつ、何かと理由をつけて証拠を表に出さない」という戦略をとっているように見えます。この方法であれば、捜査機関に卒業証書が押収される事態にならない限り、曖昧なまま粘り続けることが可能になるかもしれません。

しかし、この戦略は弁護士としてリスクを伴うものだと西脇弁護士は警告します。「依頼人の正当な利益を考えると、私だったら弁護士として勧めない戦略だと思います。百条委員会への資料提出拒否などは刑事罰のリスクがあるわけですから。」と述べ、依頼人が刑事罰に問われる可能性を考慮すれば、このような戦略は避けるべきだと強調しています。

一方で、「誤りを認めたら負け」という考えに徹し、「時間が経てば皆忘れ、刑事事件化もされず、うやむやに終わる」という展開に一縷の望みを託すのであれば、今は何を言われても地位を譲らず再選挙などを狙うことになるのだろうとも推測しています。しかし、たとえ再選挙に勝利したとしても、その後に刑事事件化すれば大混乱を招くことは必至であると、西脇弁護士は警鐘を鳴らしています。

アニメキャラの缶バッジが大量についた「痛バッグ」を持つ田久保真紀伊東市長アニメキャラの缶バッジが大量についた「痛バッグ」を持つ田久保真紀伊東市長

伊東市の田久保市長を巡る卒業証書疑惑は、単なる地方政治の問題に留まらず、日本の法制度における権利と義務、そして弁護士の倫理と戦略のあり方を問う複雑な事案へと発展しています。福島弁護士の提示する法的主張は、専門家から見れば無理筋であると指摘されており、市長側の戦略がどこまで通用するのか、今後の司法の判断が待たれます。この事態が、最終的にどのような結末を迎えるのか、そしてその過程でどのような法的な教訓が導き出されるのか、引き続き注視していく必要があります。


参考文献