地中海の宝石とも称されるスペインのイビサ島は、陽光あふれるビーチと世界有数のナイトライフを求めて、毎年世界中から数百万人の観光客が押し寄せる人気のリゾート地です。政府統計機関によると、人口約16万人のこの島には、2024年だけで328万人もの訪問者があり、その76%が海外からの旅行者でした。英国ウェールズ出身の観光客イザベルさん(19歳)が「最高のイベントが揃うビッグなパーティーアイランド」と興奮気味に語るように、イビサ島は活気に満ちています。しかし、コロナ禍以降の観光客急増、いわゆるオーバーツーリズムは、島の社会に深刻な「家賃高騰」という異変をもたらし、地元住民や島を支える季節労働者たちの生活を脅かしています。
楽園の島に迫る住宅危機の実態
イビサ島が抱える住宅問題は、単純な需給バランスの崩壊にとどまりません。イビサ島評議会のマリアーノ・フアン・コロマール副議長が指摘するように、スペイン本土や海外からの移住希望は依然として高いものの、島の都市開発は既に限界に達しており、新たな住宅供給を増やすことは極めて困難な状況です。さらに深刻なのは、観光客などの短期滞在者向けに既存の住宅が転用されるケースが多発している点です。インバウンド需要の高まりが、この転用を加速させ、結果として、住民向けの住宅が市場から急速に失われています。
こうした状況は、イビサ島で働く多くの人々を平均給与をはるかに上回る家賃高騰に直面させています。彼らは、アパートを同僚とシェアしたり、時には近隣のメノルカ島やマヨルカ島から船で長距離通勤したりすることで、なんとか生計を立てています。しかし、それでも住まいを確保できない人々も少なくありません。
路上での生活を余儀なくされる人々
住宅問題の最も痛ましい側面は、住む場所を失い、無許可のキャンプ地での生活を余儀なくされている人々の存在です。イビサ島東部に位置する仮設集落「カン・ロバ2」は、その厳しい現実を象徴しています。ここには、スペイン本土や中南米から職を求めてやってきた200人以上が居住しており、30世帯以上が共有の貯水タンクから水を得ながら、バラックやキャンピングカーでの生活を送っています。
アルゼンチン出身の水道技師、ジェロニモ・ディアナさん(50歳)もカン・ロバ2で暮らす一人です。彼は「この島は楽園で、人生で見た中でもっとも美しい場所だ。しかし、その裏側には住宅問題という現実がある」と語り、自身の苦境を吐露します。有期契約の雇用で月給は1800ユーロ(約31万円)にもかかわらず、家賃が1500ユーロ(約26万円)にもなれば、「給料の90%が消えてしまう」と嘆きます。
命を守る救急隊員も直面する住宅難
島の医療と安全を支える救急隊員たちも、住宅難という切実な問題に直面しています。24歳の救急救命士マリア・ホセ・テヘロさんは、同僚とアパートをシェアして生活しています。彼女は「この部屋の家賃は給料の倍。一人では絶対に無理。イビサでは、一番安い部屋でも給料が全部消えてしまう」と語り、観光地としての輝きの陰で、島を支える労働者層がいかに深刻な住環境に置かれているかを浮き彫りにしています。
地元当局の対策と課題
この深刻な住宅危機に対し、地元当局も対策に乗り出しています。イビサ島評議会は、住宅が賃貸市場から観光客向けに無許可で貸し出されることを防ぐため、AI(人工知能)を活用して違法な物件広告を検出し、摘発を進めています。摘発された物件には、最低4万ユーロ(約690万円)を超える高額な罰金が科せられます。コロマール副議長によると、この取り組みによって、わずか数カ月で約1600件もの違法広告が削除されたといいます。
イビサ観光協会のホセ・ルイス・ベニテスさんは、イビサ島の観光地としてのブランド力は非常に強固であり、住宅問題を含む様々な社会問題が完全に解決されなくても、その人気が大きく損なわれることはないだろうと考えています。しかし、彼はそれに甘んじることなく、「住民や働く人々にとって快適な場所であるべきだ」と述べ、持続可能な観光の実現には、住民の生活環境の改善が不可欠であるとの認識を示しています。
イビサ島は、世界有数のリゾート地として眩い輝きを放っていますが、その陰では、高騰する家賃と住居の確保に苦しむ人々の姿があります。観光客が享受する「楽園」の体験の裏側で、地域社会が直面する課題は、オーバーツーリズムがもたらす現代社会の複雑な問題を浮き彫りにしています。
参考資料
- ロイター
- Yahoo!ニュース ドキュメンタリー