「年収1000万円」と聞くと、多くの人が「高所得者」というイメージを抱くでしょう。国税庁が発表した「令和5年分 民間給与実態統計調査」(2024年)によると、2023年時点の給与所得者約6,068万人のうち、年収1000万円を超える層はわずか5.5%に過ぎません。このデータを見ても、その印象は決して間違いではないと言えます。しかし、たとえ年収が1000万円を超える高収入であっても、思うように貯蓄が増えない、あるいは貯金ができないと悩む人は少なくありません。今回は、トータルマネーコンサルタントでありCFPの新井智美氏が、具体的な事例を交えながら、高所得者が注意すべき家計管理のポイントを解説します。
年収1000万円でも貯蓄に悩むイメージ図:高級車と家計簿
年収1000万円突破で「勝ち組」を確信した男性の事例
都内に暮らす幸田勝史さん(仮名・55歳)は、製造会社で部長を務めるベテラン会社員です。50代に差し掛かり今の役職に昇進すると同時に、年収はついに1000万円の大台を超えました。40代後半で年収が800万円台になった頃から、「そろそろ自分も勝ち組の仲間入りかな」と感じていた勝史さんですが、年収1000万円に到達したことで、その思いは一層強くなったといいます。勝史さんの妻(54歳)は専業主婦で、愛娘(25歳)はすでに社会人として働いていますが、実は娘の教育には過去にかなりの高額な費用がかかっていました。
音楽大学への高額な教育費が家計を圧迫
勝史さんの妻は音楽大学の出身で、娘にも幼少期からピアノを教えていました。その影響もあり、娘も中学生の頃から音楽大学への進学を強く意識するようになります。ピアノの購入費用、毎月の高額なピアノレッスン代に加え、音楽大学の学費は卒業までに800万円という莫大な金額に上りました。これらの教育費は、当時の勝史さんの給料とそれまでに蓄えてきた貯蓄を切り崩すことで、何とか捻出していたのです。当然、家計収支は非常に厳しく、娘が大学を卒業した頃には、貯金残高はわずか100万円にまで激減していました。
貯金残高100万円からの「挽回できる」という油断
貯金が底をつきかけた状態にもかかわらず、勝史さんは「大切な娘の教育費にお金を使うのは、ある程度仕方がない」と割り切っていました。さらに、「この出費は一時的なものであり、収入が増えればいくらでも挽回できる」と楽観的に高をくくっていたのです。その後、娘は無事に楽器メーカーに就職し、教育費の負担はなくなりました。いよいよ貯蓄を増やす絶好の機会が訪れたはずでした。しかし、勝史さんは「収入が上がったから大丈夫」という安易な考えから、高級外車をローンで購入してしまいます。
収入増が招いた「生活レベルの向上」と家計の危険信号
高級外車の購入に加え、勝史さんの家計には別の変化も起きていました。昇進に伴い取引先との付き合いが増え、接待やゴルフなどの交際費が以前よりも増加の一途を辿っていたのです。さらに、住宅ローンもまだ多額に残っていました。収入は確実に増えているにもかかわらず、生活レベルが上昇し、支出が増え続けた結果、家計は危険な領域に足を踏み入れていたのです。しかし、勝史さん自身は、自分の家計が深刻な状況にあることに、まだ気づかずにいました。
結論:高所得でも油断禁物、計画的な家計管理が鍵
幸田さんの事例が示すように、年収1000万円を超える高所得者であっても、計画性のない支出や生活レベルの向上が、貯蓄を困難にさせる大きな要因となり得ます。教育費などの高額な一時的支出の後、危機感を持ちながらも楽観視してしまい、収入増を安易な消費拡大の理由にしてしまうことは、家計管理における典型的な落とし穴です。収入が多いからこそ、自身の家計状況を定期的に把握し、住宅ローンや交際費、ライフスタイルの変化に伴う支出増加に注意を払う必要があります。高所得は資産形成の大きなチャンスですが、それを活かすには、油断せずに将来を見据えた計画的な家計管理が不可欠であることを、この事例は強く示唆しています。
参考文献
- 国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」(2024年)
- 新井智美氏(トータルマネーコンサルタント・CFP)の解説に基づく事例分析