日本の医療費は年々増加の一途を辿り、私たちの生活に直結する増税や保険料の値上げが避けられないのではないかという懸念が広がっています。経済評論家の加谷珪一氏は、日本の医療制度が「世界に自慢できる唯一の誇り」であるとしながらも、その維持には「多くの見直しが必要である」と指摘します。国民皆保険制度という世界に類を見ない優れたシステムを持つ日本が直面する医療費問題の本質とは何でしょうか。
日本の医療費支出の現状と構造
現在、日本の医療にかかる年間支出は約47兆円に上ります。このうち、私たちが毎月支払う保険料や病院窓口での自己負担で賄われているのは約6割に過ぎません。残りの約4割は赤字となり、国や地方自治体からの公的支出によって補填されています。もし医療費全体を効果的に抑制できれば、個人の保険料負担が軽減され、国の財政も健全化し、ひいては私たちの税負担の軽減にも繋がる可能性があります。
しかし、医療費の削減は決して容易な課題ではありません。巷では、「高齢者が病院を社交場代わりに利用しているために医療費が無駄に膨れ上がっている」といった誤解や噂がまことしやかに語られることがあります。
誤解を解く:医療費膨張の真の要因
確かに、一部で不適切な医療利用が見られる可能性は否定できません。しかし、それらが日本の膨大な医療費の大半を占める無駄であるかといえば、現実は全く異なります。日本の医療費が著しく増加している最大の理由は、年金問題と同様に、急速に進む高齢化社会が背景にあります。高齢になるほど、何らかの疾患を抱える割合が確実に高くなるため、結果として医療を必要とする国民が増えているのです。
増大する日本の医療費と医療制度の課題を象徴するイメージ
日本人の死因の上位を占めるのは、がん、脳卒中、循環器系疾患といった三大疾病です。これらは国民の半数近くが罹患し、最終的に命を落とす原因となっています。つまり、多くの人々が人生のどこかの段階でこれらの重い病に直面する可能性が高く、これらの治療には莫大な費用がかかるのが現実です。高齢化が進行するにつれて、これらの高額な治療を必要とする患者が増えることが、医療費全体の押し上げに大きく寄与しているのです。
国民皆保険制度と高額療養費制度の恩恵
医療費の増大が懸念される一方で、日本の国民皆保険制度は、私たちが安心して医療を受けられる基盤となっています。私自身の体験を例に挙げますと、私の父は二度にわたり循環器系の疾患で倒れ、最終的に脳内出血で亡くなりました。また、母は卵巣がんを患い、手術と抗がん剤治療を7年間にわたって続けました。母が亡くなった後、治療費の総額を計算してみると、軽く1000万円を超えていました。
しかし、母がこの1000万円以上もの治療費を全額自己負担したわけではありません。国民皆保険制度の下では、原則として医療費の3割負担で済みます。仮に総治療費が1500万円だったとしても、その3割である450万円は依然として高額です。しかし、この高額な自己負担に対しては「高額療養費制度」が適用されます。この制度のおかげで、母は450万円をそのまま支払うことなく、月あたりの自己負担上限額を超えた分は払い戻されるため、比較的わずかな一定額の支払いで、必要な治療を継続して受けることができました。この経験は、日本の医療制度がいかに国民の生活を守る上で重要であるかを改めて実感させられるものでした。
まとめ:持続可能な医療制度への展望
日本の医療費が増加の一途を辿る主な原因は、高齢化に伴う疾患の増加であり、一部の無駄遣いだけが原因ではないという現実を正確に理解することが重要です。年間約47兆円の支出、そして公的資金への依存は、持続可能な医療制度を構築するための課題を浮き彫りにしています。しかし、国民皆保険制度と高額療養費制度は、高額な医療費が個人の家計を圧迫するのを防ぎ、誰もが必要な医療を受けられるようにする、世界に誇るべき優れたセーフティネットとして機能しています。
加谷珪一氏が指摘するように、この「唯一、胸を張れるもの」である日本の医療制度には、依然として見直しの余地が数多く残されています。高齢化社会という避けられない課題の中で、どのようにして医療費の効率化を図り、質の高い医療サービスを維持していくか、その議論と具体的な方策の模索が、今後ますます重要となるでしょう。
参考文献
- 加谷珪一『本気で考えよう! 自分、家族、そして日本の将来』幻冬舎 (一部再編集)
- 日本の医療費は簡単に削れない 高齢者が病院通いしているからではない (加谷珪一) | PRESIDENT Online