西サハラ代表団、TICAD9で急遽離日:日本政府の「活動制限要請」の背景

第9回アフリカ開発会議(TICAD9)に参加するため横浜を訪れていたサハラ・アラブ民主共和国(SADR)、通称西サハラ代表団が8月23日、予定を繰り上げて日本を離れることとなりました。この急な離日の背景には、日本政府が西サハラ代表団に対し、TICAD関連以外の活動を行わないよう要請したことがあります。この異例の事態は、国際会議におけるデリケートな外交関係と、西サハラ問題が抱える複雑な政治的側面を浮き彫りにしています。

日本政府、西サハラ代表団に「TICAD外活動中止」を要請

8月22日朝、SADRのムハンマド・イェルセム・ベイサット外務大臣は、日本の市民団体「西サハラ友の会」に対し、日本政府から「日本国内でTICAD以外の活動を行わないよう」公式に要請があったことをメッセージで伝えました。この要請には、議員、市民団体、メディアとの全ての会合を中止することが含まれており、ベイサット外相は、モロッコがこの要請の背後にいると確信していると述べています。この政府からの要請は、会議開催初日に直接伝えられただけでなく、その後アフリカ連合委員会(AUC)やSADRの友好国経由でも再確認されたといいます。

日本政府から要請を受けたSADRのムハンマド・イェルセム・ベイサット外務大臣日本政府から要請を受けたSADRのムハンマド・イェルセム・ベイサット外務大臣

外交的配慮と未来志向:西サハラ代表団の対応

日本政府による「口封じ」ともとれる要請に対し、西サハラ代表団はどのような姿勢を示したのでしょうか。ベイサット外相は「外交においては、同意できようとできまいと、相手国を尊重するべきです。なぜなら、彼らは日本人が選んだ代表だからです。私は日本の人々に敬意を表していたい」と語り、開催国への敬意が要請受け入れの理由であることを示しました。また、SADRのラミン・バーリAU担当大使も、「拒絶して関係を断絶してはならない。次のステップ、未来へとつなぐことが大切です」と述べ、短期的な対立よりも長期的な関係構築と未来への展望を重視する姿勢を明らかにしました。

日本との関係維持を強調するSADRのラミン・バーリAU担当大使日本との関係維持を強調するSADRのラミン・バーリAU担当大使

異常な警護体制と過去のモロッコの行動

今回のTICAD9の会場では、西サハラ代表団が他のどの参加国よりも突出して厳重な警護に囲まれていました。最大で15名もの警備員が随行し、代表団の席は出入り口近くに配置され、入退場も他国とは常にタイミングをずらして移動させられるなど、警護というよりはむしろ「隔離」に近い状況でした。TICADは日本、AUC、国連開発計画などが共催する国際会議であり、日本と国交がないSADRであっても、AUから招かれる限り参加する権利があります。西サハラ代表団が「勝手に」参加したわけではないことは明確です。

第9回アフリカ開発会議(TICAD9)の開催地であるパシフィコ横浜第9回アフリカ開発会議(TICAD9)の開催地であるパシフィコ横浜

このような警護体制の背景には、過去の経緯が影響している可能性があります。TICAD9の準備のため1年前に東京で開催された高級実務者会合では、モロッコ代表団の一人がラミンAU大使の前に置かれたSADRのネームプレートを奪おうと掴みかかる一幕がありました。西サハラの軍事占領を続けるモロッコは、西サハラの支配を既成事実化しようと、国際会議の場でSADRの存在を否定する行動を繰り返しています。今回の厳重な警護が同様の事件を未然に防ぐためであったとしても、その対象がSADR代表団であったことは、国際社会における西サハラ問題のデリケートさと、それに伴う外交的緊張を如実に示しています。

TICAD9で日本政府から活動制限を要請された西サハラ代表団の様子TICAD9で日本政府から活動制限を要請された西サハラ代表団の様子

結論

第9回アフリカ開発会議における西サハラ代表団の急遽離日と日本政府からの活動制限要請は、西サハラ問題が抱える複雑な国際政治の構図を浮き彫りにしました。日本政府の対応は、開催国としての外交的配慮と、特定の国際問題における慎重な姿勢を示唆しています。一方、西サハラ代表団が示した敬意と未来志向の姿勢は、彼らの外交的な成熟度と、厳しい状況下での戦略的な判断力を物語っています。このような出来事は、国際会議が単なる政策協議の場に留まらず、参加国の多様な政治的立場や歴史的背景が交錯する場であることを改めて認識させます。西サハラ問題の平和的解決に向けた国際社会の継続的な関与が今後も求められるでしょう。

参考資料