ロシアによるウクライナ侵攻が3年半に及ぶ中、長期化した紛争に終止符を打つ停戦への動きが水面下で活発化している。この停戦交渉において、ウクライナ東部のドンバス地方の線引き問題が最大の焦点として浮上。拓殖大学客員教授の名越健郎氏は、ドンバス地方にはロシア・ウクライナ双方にとって譲れない条件が存在するとしつつも、最近になってロシア側が歩み寄りを見せていると分析する。国際政治の専門家は、日本が抱える北方領土問題の解決モデルが、ウクライナ紛争の出口戦略となり得る可能性を指摘しており、その動向が注目されている。
ドンバス地方が停戦交渉の最大の焦点に
ウクライナ戦争の停戦に向けた議論は、東部ドンバス地方(ドネツク州、ルハンスク州)における実効支配地域の線引きと、戦後のウクライナの安全保障体制に集約されてきた。ロシアのプーチン大統領は8月15日にアラスカで開催された米露首脳会談において、停戦条件としてウクライナ軍のドンバス地方からの全面撤退と全域の割譲を要求。その見返りとして、ロシアがウクライナへの再攻撃を行わないことを書面で約束すると提案した。しかし、現在ウクライナが支配するドネツク州の約25%の地域から一方的に軍を撤収することは、ウクライナ側にとって極めて困難な決断となる。
ドナルド・J・トランプ元米大統領とヴォロディミル・ゼレンスキー・ウクライナ大統領が会談する様子。ウクライナの外交的動向を示す一枚。
もし現在の前線で停戦が合意されれば、ウクライナは事実上、ロシアによる支配を認めざるを得ない状況となる。これは、外交筋が「北方領土方式」と呼ぶ決着に類似する可能性を秘めている。ロシアがそこまでの譲歩を見せない可能性も排除できないが、今後、領土の線引きを巡る駆け引きは一層激しさを増すことが予想される。
ウクライナが受け入れる可能性のある「北方領土方式」とは
在京のウクライナ外交筋は、「ゼレンスキー大統領は北方領土方式であれば受け入れる可能性がある」との見解を示している。この「北方領土方式」とは、ロシアが実効支配する地域を法的にロシア領と認めることは断じてあり得ないが、実効支配そのものを事実上黙認するという形での停戦を意味する。ウクライナ憲法は領土の割譲を厳しく禁止しており、大統領が法的に領土を明け渡すことはできない。しかし、同筋は「実効支配の黙認であれば憲法違反には当たらない」と指摘する。長期化する戦争で国家全体が疲弊しているウクライナにとって、何よりも停戦を実現し、現在の前線で戦火を凍結することが最優先課題となっているようだ。
ウクライナ東部、停戦交渉の焦点となっているドンバス地方の地図。ドネツク州とルハンスク州が含まれる。
日本の北方領土問題が示す歴史的教訓
日本の北方4島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)は、旧ソ連・ロシアが第二次世界大戦終結後80年間にわたり実効支配を続けている。日本政府は一貫して「4島は法的に日本固有の領土である」と主張し、外交交渉を通じてロシアに返還を求めてきた。日露間では領土問題を巡る武力衝突は一切発生せず、ウクライナ侵攻以前までは比較的正常な関係が維持されていた。
しかし、80年間にわたりロシアの支配が続く北方領土問題の歴史を振り返ると、ソ連邦崩壊直後の「千載一遇の好機」を日本外務省が逸するなど、日本側の外交戦略における失敗も指摘されてきた。現在のロシア占領地には多数のウクライナ人が居住しており、ウクライナ外交筋は「いずれ到来するプーチン後の時代には、外交交渉によって一定の領土奪還が可能になるだろう」と期待を寄せている。日本の経験は、ウクライナにとって未来の領土交渉の戦略を立てる上で重要な教訓となる可能性がある。
結論
ウクライナ紛争の停戦交渉は、ドンバス地方の線引きと戦後ウクライナの安全保障という二つの大きな課題に直面している。ロシアのプーチン大統領が提示した条件はウクライナにとって受け入れ難い部分が多いものの、名越教授の指摘するロシア側の歩み寄りの兆候は希望をもたらす。在京ウクライナ外交筋が言及した「北方領土方式」は、ウクライナ憲法上の制約と国民感情を考慮しつつ、実効支配を事実上黙認することで停戦を達成するという現実的な解決策となる可能性を秘めている。日本が北方領土問題で経験してきた歴史は、領土紛争が長期化する中で外交がいかに重要であるか、そして未来の交渉に期待を繋ぐことの意義を示唆している。ウクライナが疲弊から脱し、国民の安全を最優先とする中で、国際社会と日本の経験がこの困難な局面を乗り越える一助となることが期待される。
参考文献
- 拓殖大学 (Takushoku University)
- Yahoo!ニュース (Yahoo! News)
- PRESIDENT Online (プレジデントオンライン)