日本政府が7月、米国からの輸入車にこれまで義務付けていた日本独自の安全検査を免除することで米政府と合意しました。この合意を受け、当時のドナルド・トランプ大統領は、米国にとって長年の貿易障壁が緩和されたと宣言し、数十年にわたる目標の達成を誇示しました。しかし、この画期的な合意が実際に日本における米国車の販売台数増加に大きく寄与するかについては、専門家の間で疑問の声が上がっています。米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、関税や規制緩和だけでは解決できない、日本市場で「アメ車」が売れない真の理由について深く掘り下げています。
日本の道路を行く自動車。日米貿易協定と米国車の日本市場での挑戦の背景を示す。
日本市場における米国車の長年の低迷:トランプ政権の「貿易障壁」論とその背景
第二次世界大戦以降、米国の自動車メーカーは日本市場で決定的な足場を築くことができませんでした。日本は1970年代後半以降、輸入車に関税を課していませんが、それでもフォードは2016年に日本市場から撤退しました。これは、日本での利益増が見込めないとの判断からでした。
2024年のデータでは、日本国内での米国車の販売台数は、全体のわずか1%にも満たない状況です。ドナルド・トランプ大統領は、この長年の低迷を、日本が国際基準と異なる独自の安全基準を維持し、それが米国車の販売を「不可能」にしている「貿易障壁」であると強く非難してきました。業界アナリストの指摘によると、日本独自の安全基準や検査要件は、米国からの輸入車のコストを数百万円も押し上げる可能性があったとされています。
トランプ政権は最初の任期中からこの状況の改善を目指しており、ついに7月末、日本に対し米国車への安全検査免除という条件を飲ませることに成功しました。さらに米国側は、日本からの輸入品に課す関税を当初の25%から15%へと引き下げると発表。これに対し日本は、米国へ数百億ドル規模の投資を行うことを約束しました。
同様の動きは韓国市場でも見られました。トランプ大統領は韓国との貿易協定を発表する際にも同様の宣言を行い、米国は日本と同じく15%の関税率を韓国に適用する代わりに、韓国は米国車の輸入を拡大し、関税を課さない方針を固めました。韓国でも日本と同様に、米国車の販売シェアはごくわずかにとどまっています。
専門家が指摘する真の理由:市場ニーズとの不一致とメーカー戦略
しかし、こうした一連の貿易戦略の有効性については、貿易の専門家たちが疑問を呈しています。彼らは、たとえ一部の国がトランプ大統領の要求に応じたとしても、それが米国車の輸出急増に直結する可能性は低いと指摘します。米国の自動車メーカーに勤務した経験のある専門家や関係者も、貿易障壁の撤廃だけでは販売増加にほとんど効果がない可能性があると述べています。
日本独自の自動車文化と道路事情
根本的な理由の一つとして、日本の独自の自動車文化と道路事情が挙げられます。日本では右ハンドル車が主流であり、左ハンドル車は運転に不便を感じることが少なくありません。また、日本の道路は世界的に見ても狭く、市街地では交通量が多く混雑しているため、消費者の多くは小型で燃費の良い車両を好む傾向にあります。トヨタ、ホンダ、日産といった日本の国内メーカーは、このような日本の消費者ニーズにきめ細かく応える多様なモデルを豊富に取り揃えています。
米国自動車メーカーの市場戦略と収益性
中央大学の木村剛教授は、1990年代から2000年頃までゼネラル・モーターズで勤務した経験を持つ立場から、「米国車メーカーにとって貿易障壁は問題ではない」と明言しています。加えて、日本の自動車市場は比較的小さく、すでに飽和状態にあるため、ほとんどの米国自動車メーカーは日本向けのモデル設計に大きな力を入れていないと述べています。
今日の米国メーカーのラインナップは、大型のSUVやトラックが大半を占めています。これは、小型車で収益を上げることが難しいというビジネス上の判断も背景にあります。木村教授は、「市場の基本的なニーズを考えると、米国車は(日本市場には)適合しない」と指摘し、「日本が自動車市場を開放すると宣言したとしても、米国の車が売れる可能性は低いでしょう」と結論付けています。
結論
日米間の安全検査免除合意は、表面上は米国車の日本市場での競争力を高めるものと期待されましたが、専門家の分析は異なる見方を示しています。関税や規制の緩和だけでは、日本の道路事情、消費者の小型車・燃費重視の傾向、そして米国自動車メーカー自身の戦略的優先順位といった本質的な課題は解決されません。今後も米国車が日本市場で存在感を高めるためには、単なる貿易交渉の成果だけでなく、日本の消費者のニーズに合わせた製品開発と市場戦略の抜本的な見直しが不可欠となるでしょう。
参考文献
- The New York Times (米紙「ニューヨーク・タイムズ」) 報
- クーリエ・ジャポン (courrier.jp) 掲載記事「アメ車が日本で売れない本当の理由」
- 中央大学 木村剛教授のコメント