ドイツが長年維持してきたイスラエルへの「無条件支持」の姿勢から脱皮し始めました。フリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟・CDU)がイスラエルへの軍事支援に初めて制限を加えたことは、同国の中東政策に現実的な側面を与え、他のEU(欧州連合)加盟国との足並みを揃えるための重要な第一歩と見なされています。これは、ドイツとイスラエルの歴史的な関係において大きな分岐点となる決定です。
2008年、イスラエルの安全保障を国是の一部と語る当時のドイツ首相アンゲラ・メルケル氏
ドイツの「無条件支持」に変化の兆し
メルツ首相は8月8日、イスラエル軍がガザ地区で使用する可能性のある軍事物資の供与を停止すると発表しました。この決定は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がガザ地区での軍事行動をさらに拡大し、ガザ市全体を制圧する方針を明らかにしたことに対する、ドイツ政府からの抗議措置です。ドイツ政府がイスラエルに対し、部分的とはいえ制裁措置を発動するのは史上初めてのことであり、両国の関係史における重要な転換点と言えるでしょう。
友好関係の「限界」を明示
メルツ氏は、イスラエルへの軍事物資供与を部分的に停止する理由について明確に説明しました。彼は、イスラエルには自衛権があり、ハマスが監禁している20人の人質を救出する努力をする権利があると認めつつも、「この時点でガザ地区での軍事行動をさらに拡大し、ガザ市全体を占領しようとすることの目的や意味が、我々には理解できない」と述べました。
首相は、ガザ地区でさらに犠牲者の数が増えることにつながる戦闘のために、ドイツは武器を送ることはできないと指摘。「ガザ地区での軍事行動の拡大について、我々の意見はイスラエル政府と異なる」との立場を表明しました。さらに、「我々のイスラエルへの友好的な態度に変わりはない。しかしイスラエルとの連帯とは、同国政府が行う全ての決定を受け入れるということを意味しない。いわんや、軍事物資の供与を通じて、イスラエル政府の新しい方針を支援することはできない」と述べ、ドイツのイスラエルとの友好関係には明確な限界があるという姿勢を打ち出しました。
ドイツ政府はこれまでイスラエルに戦車や大砲を供与しておらず、支援は主に兵器の交換部品や砲弾、銃弾などに留まっています。2023年には3億ユーロ(約510億円、1ユーロ=170円換算)相当の軍事物資を供与し、2024年の供与額は約1億6000万ユーロ(約272億円)でした。ガザ攻撃に直接使われないと判断される防空システム向け機材、潜水艦やその部品などは引き続き供与される方針です。
結論
今回のドイツ政府の決定は、長らく揺るぎないとされてきたドイツ・イスラエル関係に新たな局面をもたらすものです。メルツ首相による軍事支援の部分的停止は、ドイツの中東政策がより現実的かつ国際的な視点を取り入れる方向へシフトしていることを示唆しています。これは、欧州連合内の他の国々との協調を深め、ガザ地区の人道状況への国際的な懸念に対応しようとする試みの一環と見られ、今後のドイツ外交の行方と中東地域の安定にどのような影響を与えるかが注目されます。