2024年米大統領選の深層:トランプ勝利の陰に潜むハリス敗北と有権者心理の変化

2024年のアメリカ大統領選挙は、ドナルド・トランプ氏の返り咲きという結果に終わりました。しかし、この結果を単なるトランプ氏の勝利と捉えるだけでは、その真の背景を見誤る可能性があります。一部の専門家は、今回の選挙がトランプ氏が支持を集めたというよりは、対抗馬であるカマラ・ハリス氏が「自滅的」に敗北した結果であると指摘しています。これは、2025年夏の日本の参院選で野党が実現性の薄い政策を掲げながらも一定の議席を維持・増加させた現象にも通じる、現代民主主義における有権者心理の複雑な変化を示唆しています。本稿では、大澤真幸氏の著書『西洋近代の罪 自由・平等・民主主義はこのまま敗北するのか』(朝日新聞出版)からの知見も踏まえ、この画期的な選挙結果の深層を多角的に分析します。

カマラ・ハリス副大統領が選挙キャンペーンで聴衆に語りかける様子カマラ・ハリス副大統領が選挙キャンペーンで聴衆に語りかける様子

2024年アメリカ大統領選挙の真実:トランプ勝利ではなくハリス敗北か?

厳密に言えば、「なぜトランプが勝ったのか」という問いよりも、「なぜカマラ・ハリスは負けたのか」と問う方が、今回の選挙結果を正確に理解できるでしょう。2024年の大統領選挙は、トランプ氏の圧倒的な勝利というよりも、民主党候補ハリス氏の敗北という側面が強いと複数の論者が指摘しています。

このことは、獲得票数を比較するだけでも明らかになります。トランプ氏は、前回2020年の選挙で敗れ、今回の2024年選挙で勝利したものの、その獲得票数は約7700万票と、前回から約300万票の微増に留まっています。これに対し、ハリス氏の獲得票数(約7500万票)は、前回のジョー・バイデン氏の票数(約8100万票)と比較して、実に600万票以上も減少しています。この数字は、トランプ氏が票を伸ばしたというよりは、民主党がその支持層からの票を大きく減らしたことを示唆しています。

選挙直後から繰り返し指摘されてきた、票の「内訳」に関する次の事実は、この「ハリス敗北」という見方をさらに裏付けています。かつて民主党の強力な支持基盤とされてきた黒人や移民、とりわけラテン系の移民からの票の多くが、トランプ氏へと流れたのです。これは、従来の政治的枠組みを揺るがす、極めて重要な動向と言えます。

民主党の伝統的支持層が離反:ラテン系移民の動向とその背景

公共放送ネットワークPBSの調査によると、トランプ氏はラテン系の票の43%を獲得し、これは前回選挙から8ポイントの増加となります。特にラテン系男性に限れば、トランプ氏に投票した者の比率は48%にも達し、ほぼ半数のラテン系男性がトランプ氏を支持したことになります。これらの数字は、民主党の大統領候補が勝利することがいかに困難であったかを示しています。

今回、かなりの数のラテン系住民がハリス氏ではなくトランプ氏に投票した直接的な動機については、比較的容易に推測できます。彼らの多くは、すでに苦労してアメリカ社会の中で自らの居場所を確立した人々です。彼らは、これ以上多くの移民が来てライバルが増えることを望んでいません。彼らの関心は、自分自身や自分の家族の幸福、そして築き上げた生活を守ることにあります。アメリカを多様性のある国家にすることよりも、自らの生活の安定を優先する傾向が強まっています。したがって、さらに移民受け入れに寛容な民主党候補に投票する理由は見出しにくかったのでしょう。

この推論には一定の説明力がありますが、それでもなお疑問は残ります。なぜ2024年の選挙において、特に移民たちがこれほどまでに自己利益を優先させたのか、この点がまだ十分に説明されているとは言えません。ハリス氏が彼らの心をつかめなかったのはなぜでしょうか。

経済は敗因ではなかった?バイデン政権下の経済指標を再評価

民主党の敗因を巡っては、「経済の悪化」が主要な要因であったという主張がしばしば聞かれます。しかし、CNNビジネスのエディターであるデイヴィッド・ゴールドマン氏は、この主張を一蹴しています。彼は、選挙結果の原因をアメリカ経済の悪化に求めるのは「全くの愚の骨頂である」と断じています。

実際、所得を含む主要な経済指標は全て、バイデン政権下で良好かつ順調に推移していました。バイデン氏の経済政策は、全体として成功していると評価できる状況でした。唯一厳しかったのはインフレであり、これは特に貧しい層の生活を直撃したと考えられますが、インフレも選挙の頃には収束傾向にありました。このことから、経済状況が民主党敗北の直接的な原因であったとは断定しにくいと言えます。むしろ、有権者が経済指標の好調を実感できなかった、あるいは他の要因をより重視した可能性が浮上します。

結論:現代民主主義における新たな選択基準

2024年のアメリカ大統領選挙の結果は、単なる候補者の人気や経済状況だけでは語れない、複雑な有権者心理の変化を浮き彫りにしました。カマラ・ハリス氏の敗北は、民主党がかつての強固な支持基盤である移民層からの信頼を失い、彼らが自らの「自己利益」を最優先する新たな選択基準を持つようになったことを示しています。経済が好調であったにもかかわらず、有権者が具体的な生活の安定や個人的な安心感を求めたことは、現代社会における政治家の役割や政策の訴求方法に再考を促すものです。

この選挙結果は、有権者が「できることしか言わない」現実主義的な政策よりも、時に「できないことを断言する」ような、より直接的で感情に訴えかけるメッセージに惹かれる傾向があることを示唆しているのかもしれません。今後の政治分析においては、表面的な経済指標だけでなく、有権者が内面に抱く不安や期待、そしてアイデンティティの変化といった、より深い層にある心理的要因を掘り下げていく必要があります。


参考文献

  • 大澤真幸 著 (2024). 『西洋近代の罪 自由・平等・民主主義はこのまま敗北するのか』. 朝日新聞出版.
  • PBS 報道 (2024). 米大統領選挙におけるラテン系有権者の動向に関する調査.
  • CNNビジネス (2024). デイヴィッド・ゴールドマン氏による米経済分析記事.