『もののけ姫』幻のタイトル「アシタカせっ記」の謎:宮崎駿の創作漢字と鈴木敏夫の英断

アニメ映画『もののけ姫』は、その壮大な世界観と深いメッセージで、日本のみならず世界中の観客を魅了し続ける宮崎駿監督のまぎれもない傑作です。しかし、この普遍的なタイトルが決定されるまでには、知られざるドラマが存在しました。本記事では、宮崎監督が一時変更を望んだ「幻のタイトル」とその背後に隠された創作秘話、そしてプロデューサー鈴木敏夫氏が下した歴史的決断に迫ります。特に、現代のデジタル環境では表示すら困難な、宮崎監督が自ら創造したとされる漢字「せっ」の存在は、その物語を一層興味深いものにしています。

宮崎駿監督が提案した「幻のタイトル」

1995年冬、スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫氏のもとを宮崎駿監督が訪れた際、驚くべき提案がなされました。当時すでに『もののけ姫』で進行していた映画のタイトルを、監督が「アシタカせっ記」へと変更したいという意向を示したのです。この突然の申し出に、鈴木氏が困惑したであろうことは想像に難くありません。宮崎監督が提示したこの新しいタイトルは、ただの別案に留まらず、後述するある特殊な事情を抱えていました。

アシタカとサンが森の中で対峙する『もののけ姫』の象徴的な場面カット、生命の共生テーマアシタカとサンが森の中で対峙する『もののけ姫』の象徴的な場面カット、生命の共生テーマ

謎に包まれた創作漢字「せっ」とその深い意味

宮崎監督が「アシタカせっ記」の「せっ」として提案したのは、一般的な日本語変換では表示できない、彼自身の創作による漢字でした。その形状は、旧字体の「草冠(艸)」の下に「耳」が二つ並んだ文字です。この文字は、通常のパソコンでは入力すらできないため、「ネットニュースでは書けない」と評されるほど特殊なものでした。「せっ記」という言葉には、「草木に埋もれながらも、人の耳から耳へと語り継がれてきた物語」という深い意味が込められていました。この唯一無二の表現は、宮崎監督の並外れた想像力と、作品に込めるメッセージの奥深さを象徴しています。

宮崎駿監督が考案した幻の映画タイトル「アシタカせっ記」と、その中に含まれる草冠と耳を二つ並べた創作漢字「せっ」の表記宮崎駿監督が考案した幻の映画タイトル「アシタカせっ記」と、その中に含まれる草冠と耳を二つ並べた創作漢字「せっ」の表記

プロデューサー鈴木敏夫氏の「英断」と情報解禁の舞台裏

プロデューサーとして、鈴木敏夫氏には作品のタイトルを分かりやすく、より広く世に届けるという責務がありました。そのため、当初決定していた『もののけ姫』のタイトルを通したいという強い思いを抱いていたと言います。そして、その願いを叶える決定的な機会が訪れます。1995年12月22日、テレビ番組「金曜ロードショー」で『となりのトトロ』が放送される情報解禁日です。鈴木氏は、この日を最大のチャンスと捉え、ジブリの新作映画のタイトルが『もののけ姫』であることを、一気に世間に公表するという「賭け」に出ました。後にこの事実を知った宮崎監督は、呆れながらも、それ以降はタイトルに関する言及を一切しなくなったとされています。

創作漢字の「表記問題」が提起する現実的な課題

「アシタカせっ記」もまた印象的な響きを持つタイトルではありますが、作品のインパクトや普遍性という点では、『もののけ姫』が勝ると評価する声は少なくありません。しかし、それ以上に重要な問題が、この創作漢字「せっ」の表記にまつわる現実的な課題でした。もし「アシタカせっ記」が正式な映画タイトルとして決定されていた場合、日本歴代興行収入トップクラスの傑作であり、世界中で人気を博す作品のタイトルが、各メディアで正しく表記されないという混乱が生じる可能性がありました。実際、現在では劇中曲の「メインテーマ」に「アシタカせっ記」という名称が使われていますが、その表記は「せっ記(ひらがな表記)」、「聶(代用文字)」、あるいは「専用漢字の作成」など、統一性を欠いています。この現状を鑑みれば、映画の正式タイトルとしての「せっ記」の採用は、想像以上に大きな障壁となり得たでしょう。

宮崎駿監督の無限の創造性と、鈴木敏夫プロデューサーの現実を見据えた洞察力が交錯した結果、歴史に残る名作『もののけ姫』が誕生しました。宮崎監督が提案した「アシタカせっ記」と、そこに込められた深く独創的な思想は、彼の芸術家としての純粋な探求心を示しています。一方で、鈴木氏の決断は、作品がより多くの人々に届き、その価値が正しく伝わるための重要な役割を果たしました。このエピソードは、芸術性と実用性のバランスがいかに傑作を生み出す上で不可欠であるかを示しており、日本のアニメーション史における一つの金字塔として語り継がれていくことでしょう。

参考書籍:

  • 鈴木敏夫 著『ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの』(岩波書店)