渋谷で急増するワンルームホテル問題:旅館業法規制緩和の裏側

渋谷区における「ワンルームホテル」の急増は、単なる宿泊施設の多様化では片付けられない問題として浮上しています。通常のマンションの一室がホテルとして営業されるこの形態は、渋谷区内の旅館ホテル営業許可を受けた施設の実に8割を占めるという驚くべき実態が、前編で明らかになりました。しかし、この現象は渋谷区に限定されたものではなく、東京23区全域で同様の傾向が見られます。本稿では、この“野放図”とも言える状況を生み出した背景にある、旅館業法の大幅な規制緩和と、それが進められた国の思惑に深く迫ります。

旅館業法規制緩和の背景に迫る

渋谷で30年以上ホテル経営に携わってきたA氏が指摘するように、「ワンルームホテル」の急増は2018年に施行された旅館業法の規制緩和が大きく影響しています。A氏によれば、この規制緩和の主な目的は、当時議論の中心であった「民泊」の法整備にあったとされています。当時の国が民泊の法整備を急いだ背景には、2020年に開催が迫っていた東京オリンピックがありました。

東京五輪と宿泊施設不足の懸念

東京オリンピックを控え、多くの外国人旅行客の来訪が予想される中で、国は深刻な宿泊施設不足を懸念していました。この状況を打開するため、国が目をつけたのが、全国に80万戸あると言われる空き家でした。これらの空き家を民泊として活用できれば、宿泊施設不足の解消と空き家問題の解決を同時に図れるという「一石二鳥」の策として期待されたのです。

渋谷区でホテルとして届け出された複数の部屋がある一般的なマンションの外観。ワンルームホテル問題の現状を示す渋谷区でホテルとして届け出された複数の部屋がある一般的なマンションの外観。ワンルームホテル問題の現状を示す

ホテル業界と不動産業界の対立点

民泊推進にあたり、国はホテル宿泊業界と不動産業界の双方からヒアリングを行いました。しかし、民泊として貸し出し可能な日数に関して、両業界の意見は大きく対立することになります。A氏が語るように、ホテル宿泊業界は、空室を旅行者に開放する取り組み自体は好意的に受け止めていました。特に、子供が独立した家庭が外国人旅行客に部屋を有償提供し、家庭料理を振る舞ったり、地域の観光スポットを案内したりするような「ホームステイ型民泊」には理解を示していました。しかし、旅館業や宿泊業の許可を得ずに有料で部屋を貸し出すのであれば、その期間は夏休みの一ヶ月など、年間30日程度が妥当であるとホテル業界は主張しました。

まとめ:規制緩和がもたらした変化

このように、東京オリンピックを目前に控えた宿泊施設不足への対応策として進められた民泊の法整備と、それに伴う旅館業法の規制緩和は、意図せずして「ワンルームホテル」という新たな形態の宿泊施設を急増させる結果となりました。ホテル業界が懸念していた無許可有料貸し出しの期間制限が曖昧になる中で、通常のマンションが次々とホテル化し、都市の景観や住環境に影響を及ぼす「野放図」な状況を生み出しているのです。この問題は、単なるビジネスチャンスの拡大だけでなく、都市のあり方、そして法規制のバランスについて、改めて深く考えるきっかけとなっています。

参考資料