米中間の深刻な紛争の火種となっている合成麻薬「フェンタニル」の密輸問題は、もはや遠い国の話ではないかもしれません。平和な日本とは無縁と思われがちですが、この強力な薬物が密輸の中継地として利用されるだけでなく、国内で極めて手軽に入手できる可能性が浮上しています。特に、東京・新宿歌舞伎町の「トー横キッズ」と呼ばれる若者たちの間で広がる処方薬の闇流通は、フェンタニルの影が日本社会に忍び寄る現状と無関係ではありません。
バージニア州の研究施設で撮影された合成麻薬フェンタニルの結晶
歌舞伎町に潜む「闇」:トー横キッズと処方薬の容易な入手経路
新宿歌舞伎町の喫茶店で、ある刑事事件の関係者である「トー横キッズ」の一員、Sさん(20歳未満)に取材していた筆者は、彼女が何の気なしに服用した錠剤に目を奪われました。銀色のパッケージには「リベルサス7mg」の文字。肥満や2型糖尿病の治療薬であるリベルサスを、細身のSさんが飲んでいるのは不自然に映りました。彼女は「大食いで太りやすいから。『界隈』(コミュニティー)の仲間から譲ってもらった」とあっけらかんに語ります。トー横キッズたちの間では、痩せ薬や抗生物質、オーバードーズ(OD)に利用される咳止め薬などを、有償・無償で融通し合うことが一種のコミュニケーション手段となっているというのです。しかし、リベルサスは劇薬指定されており、医師の診断や処方箋なしに入手することは通常不可能です。この容易な入手経路は、闇の流通網の存在を示唆していました。
性感染症と「闇薬局」:海外ルートから国内流通へ
Sさんが服用していたリベルサスの流通ルートを辿ると、同じくトー横周辺に日々集まる同年代の男性、Tさんの話に行き着きました。Tさんによると、「界隈は性的に乱れている子も多く、『売り』(売春行為)をしている子もいるため、クラミジアがめちゃめちゃ流行している」とのこと。性病に罹っても、病院に行って保険証を使えば受診履歴が親にバレることを恐れ、また自由診療は高額なため、抗生物質を共同購入する10人ほどのグループが形成されたといいます。
当初は海外から薬を個人輸入していましたが、受け取りまでに2週間かかるため、現在は在日中国人の友人から紹介された「闇薬局」から購入しているそうです。Tさんは台湾育ちで中国語が少し話せるため、WeChatで注文し、PayPayで支払うと、郵便局の局留めで翌日には薬を受け取れるという手軽さでした。この手口は、国際的な薬物密売が国内の若者コミュニティーに深く浸透している実態を浮き彫りにしています。
危険ドラッグの蔓延:メジコン、眠剤、そして鎮痛剤の転売
Tさんの話では、この「オンライン闇薬局」は、リベルサスに留まらず、さらに危険な薬物も販売しているといいます。「死人が出たらヤバいので俺は手を出していないけど、メジコン(咳止め薬)とか眠剤とか、なんでも売ってくれる」。かつての仲間の中には、翻訳アプリを使って自分で闇薬局に注文し始め、「がん患者が使う鎮痛剤」を購入して「界隈で転売して稼いでいるヤツ」もいるとTさんは証言しました。
その鎮痛剤を酒に入れて飲んだ若者たちが、路上で「ゾンビみたいになっていた」という衝撃的な証言は、闇ルートで流通する薬物の危険性と、それがもたらす深刻な健康被害や社会問題の片鱗を示しています。メジコンのような市販薬ですらオーバードーズに悪用される中、より強力な処方薬や闇ルートの薬物が、知識のない若者の手軽な遊び道具となっている現状は、極めて憂慮すべき事態です。
闇に潜む薬物汚染:日本社会への深刻な警鐘
今回の調査で明らかになった、トー横キッズを取り巻く薬物汚染の実態は、世界的に問題となっている合成麻薬フェンタニルが日本社会に侵食する可能性を強く示唆しています。処方薬が「コミュニケーション手段」として容易に交換され、性感染症の治療薬からオーバードーズ目的の薬物、さらにはがん治療用鎮痛剤までが「闇薬局」を通じて流通している状況は、日本社会の脆弱な一面を露呈しています。
手軽に、そして匿名で薬物を入手できる環境は、好奇心旺盛な若者を容易に巻き込み、重篤な健康被害や依存症、さらには犯罪へと繋がる危険性を秘めています。この「闇薬局」の存在と、そこで売買される危険な薬物の広がりは、単なる若者文化の問題として片付けられない、日本全体で真剣に取り組むべき喫緊の社会問題であり、私たちに深刻な警鐘を鳴らしています。