トランプ米政権の「相互関税」発動:EU産業を揺るがす交渉の全貌

アメリカのトランプ政権が8月7日に新たな「相互関税」を発動し、世界経済に緊張が走っています。一見すると、EUは30%から15%への関税引き下げを勝ち取ったかのように見えますが、その裏にはEUの産業基盤を揺るがしかねない極めて不利な条件が隠されています。ドイツ在住作家の川口マーン惠美氏が指摘するように、もしこの合意が実行されれば、欧州連合の産業は本当に瓦解する危機に直面するかもしれません。本稿では、この米欧間の貿易交渉の舞台裏とその合意内容、そしてEUが直面する潜在的な影響を深掘りします。

スコットランドのトランプ・ターンベリーにある瀟洒な館、米EU間の相互関税交渉の舞台スコットランドのトランプ・ターンベリーにある瀟洒な館、米EU間の相互関税交渉の舞台

ターンベリーでの米欧首脳会談:目標と現実

2025年7月27日、スコットランド西海岸に位置するトランプ大統領所有の広大なゴルフリゾート、ターンベリーで、歴史的な会談が静かに行われました。トランプ大統領は、朝のゴルフを終えた後、EU欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長を応接室に迎え入れました。この訪問の背景には、トランプ大統領がEU製品に30%の関税を課すと宣言していた深刻な貿易摩擦がありました。EU側は、フォン・デア・ライエン委員長が先頭に立ち、米国とEU間の関税をゼロにすること(いわゆる「ゼロゼロ」)を目標に、この「僻地」へと交渉に臨んだのです。

合意内容の核心:EUが飲んだ「不利な条件」

しかし、交渉は予想外にあっという間に終わり、その結果はEUにとって厳しいものでした。合意内容は以下の4つの主要な点で構成されています。

1. 関税:米国の15%基本関税とEUの撤廃

米国は原則として全てのEU製品に15%の基本関税を課すことになりました。ただし、鉄鋼やアルミニウムといった特定の製品群に関しては、一定の輸出量を超過した分に50%という高率の関税が適用されます。一方で、EUは米国製品に対する既存の関税を全面的に撤廃するという一方的な内容です。

2. 自由貿易:産業規格の相互承認

関税以外の貿易障壁を取り除くため、両者は互いの産業規格を認め合うことに合意しました。これは特に自動車産業において、貿易を円滑化する可能性がありますが、その恩恵がどちらにより大きく働くかは見極めが必要です。

3. エネルギー・テクノロジー:巨額の米国製品購入義務

EUは2028年までに、米国から7500億ドル相当のエネルギー製品と400億ドル相当のAI用チップを購入する義務を負いました。これは巨額の資金が米国に流れることを意味し、EUのエネルギー・テクノロジー戦略に大きな影響を与えるでしょう。

4. 投資:EU企業による米国への追加投資

さらに、EU企業はこれまでの投資に加え、米国に6000億ドルの追加投資を行うことが義務付けられました。この条件が守られない場合、米国が課す基本関税は15%から35%へと引き上げられるという、強力なペナルティが設定されています。

表面下の「勝利」と隠された代償

この合意後、トランプ大統領は上機嫌でゴルフ場に戻り、EU側のフォン・デア・ライエン委員長も笑顔を振りまき、あたかも30%の関税という「より大きな災い」からEUを守ったかのように振る舞いました。しかし、実情は、関税をゼロにしたのはEU側だけであり、米国製品に対するEUの市場開放が一方的に進む結果となりました。川口マーン惠美氏が指摘するように、フォン・デア・ライエン氏の交渉は「ディールはおろか、子供のお使いにもならなかった」と酷評されており、EUがのんでしまった不利な条件の数々は、欧州連合の経済構造競争力に甚大な影響を及ぼしかねません。

結論

トランプ政権による新たな「相互関税」とそれに伴う米EU間の合意は、EUにとって表面的な関税引き下げとは裏腹に、極めて一方的で不利な内容を伴っています。米国からの巨額の製品購入義務や追加投資要請は、EUの産業、特にエネルギーやテクノロジー分野において、その自立性を脅かす可能性があります。この合意が長期的にEUの産業に与える影響は計り知れず、今後の動向が注目されます。


参考文献