福岡県にある小さな町、香春町から生まれた「おじさんトレカ」が、地域を巻き込む一大ムーブメントを巻き起こしました。地域の中高年男性が思いがけないヒーローに変身し、子どもたちの間で人気を博したこのトレーディングカードは、地域づくりの画期的な成功例として全国的な注目を集めました。しかし、その革新的な取り組みは予期せぬ事態に直面し、わずか1年7カ月という短期間で販売中止へと追い込まれることになります。過疎化に悩む香春町で一体何が起こっていたのでしょうか。
香春町の地域活性化に貢献するボランティアがモデルとなった「サイdo男カード」の数々
「普通のおじさん」が地域ヒーローに:サイdo男カードの誕生
このユニークな「おじさんトレカ」の正式名称は、「サイdo男(サイドメン)カード」と言います。カードには、その人物の得意分野に合わせて「プラズマコンダクター」(電気工事のベテラン)や「インビテーション・シャドー」(スクールバスの運転手)、そして「スパイシーストロングメンマン」(メンマ作りの達人)といった個性的なキャラクター名が付けられています。顔写真と共に、技の名前や強さを示す数値、そして簡単な個性といった情報が記載され、まるで人気アニメのキャラクターのような魅力にあふれています。
この斬新なアイデアが生まれたのは、福岡県北東部に位置する香春町の採銅所(さいどうしょ)地区です。かつて銅の採掘で栄え、奈良・東大寺の大仏にもこの地の銅が使われたという歴史を持つ地域です。メディアがこの地を次々と訪れるようになったのは、2024年末にローカルテレビ番組が「地元のおじさんをモチーフにしたトレーディングカードが大流行している」と報じたのがきっかけでした。
香春町採銅所地区のボランティア、奥田さんが「スパイシーストロングメンマン」として地元名産のメンマ作りに従事する様子
地域を支える「サイdo男」たちの活躍と発案者の想い
サイdo男カードの発案者は、採銅所地区の地域課題解決のために活動する「採銅所地域コミュニティ協議会」で事務局長を務める宮原絵理さんです。地元出身でプロのバイオリニストとしての経歴を持つ宮原さんは、子育てをしながら地域活動に関わる中で、ボランティアとして活躍する「普通のおじさん」たちの姿に深く心を動かされました。
例えば、協議会の拠点である「コミュニティセンター採do所」に監視カメラを取り付けてくれたのは、電気機器関連の仕事の経験を持つ男性でした。また、香春町の名産であるタケノコをメンマに加工する事業や、耕作放棄地をシェア農園として有効活用する事業にも、地域の男性たちが惜しみない協力を提供してくれました。これらの活動は全て、見返りを求めない純粋なボランティア精神に基づいていたのです。
宮原さんは語ります。「ボランティアって、大変な割に日の目を見るわけでもないし、すごく苦しいこともあると思う。それでもやってくださる皆さんの働きをもっと知ってもらいたい、と思うようになりました」。この言葉には、陰で地域を支える人々の努力を正当に評価し、光を当てたいという強い願いが込められています。
ボランティアの価値を「ヒーロー」として発信する試み
このような背景から、宮原さんは協議会のメンバーに熱い思いを提案しました。「ボランティアの皆さんをヒーローとして売り出したい!」。地域活動に貢献する人々を、子どもたちが憧れるような存在、つまり「ヒーロー」としてブランディングすることで、その価値を広く伝え、地域全体の活性化に繋げようとしたのです。この斬新な試みは、過疎化が進む地方における地域おこしの新たなモデルとして期待されましたが、冒頭で述べたように、その後予期せぬ展開を迎えることになります。