日本企業の総合職における人事異動は、これまで社員の意見が反映されにくいのが常識とされてきました。しかし、現代の「働き方改革」を推進する企業では、この伝統的な慣習に大きな変化が訪れています。キャリア形成の専門家である経営学者の石山恒貴氏が指摘するように、従業員の「本人同意原則」を人事異動に導入する動きが注目されており、これは企業と社員双方にとって新たな価値を生み出す可能性を秘めています。
日本企業の働き方改革における人事異動とキャリア形成
人事異動における「本人同意原則」導入の現実性
企業が大きく変革を遂げるために取り組める施策の一つとして、人事異動における本人同意原則の導入が挙げられます。これは企業が持つ強大な人事権を自ら見直し、従業員の意向を尊重する姿勢を示すものです。この原則の導入が現実的である理由は主に二つあります。
第一に、本人同意原則は個別企業の意思決定のみで実行可能です。労働慣行や社会システム全体を変えるには複雑な調整と長期間を要しますが、人事異動に関する従業員の同意は、各企業が自社の判断で導入を決定し、実行に移すことができます。これにより、迅速な改革が可能となります。
第二に、この原則は人事制度の大規模な改定を必要としません。極論すれば、現行の人事制度を維持したまま、運用として人事異動を実施する前に本人から同意を得るだけで導入可能です。もちろん、より明確な運用を目指すならば、就業規則に事前の本人同意が必要である旨を追記することが望ましいでしょう。これにより、制度変更のハードルが低く、導入しやすいという利点があります。
社内公募と企業主導異動:本人同意原則の適用範囲
人事異動における本人同意と聞くと、社内公募制度を連想するかもしれません。確かに社内公募は、本人の意思に基づいて新しい部門への異動が行われるため、本人同意に基づく人事異動の一種です。しかし、本人同意原則は社内公募に限定されるものではありません。
企業が主導して行われる通常の人事異動においても、その異動に対する本人の同意を得るプロセスを導入することが、この原則の真髄です。社内公募が主に欠員補充を目的とするのに対し、企業主導異動は欠員の有無にかかわらず、組織戦略や人材育成の観点から行われることが多いです。企業は、社内公募と企業主導異動のそれぞれの重みや位置づけを柔軟に決定しつつ、いずれの形式においても本人同意原則を適用することが可能です。例えば、社内公募を主とする、両者を同等に扱う、あるいは企業主導異動を主としつつ同意を得る、といった多様な人事ポリシーが考えられます。
本人同意原則の導入は、知的熟練形成の重要な要素であるOJT(On-the-Job Training)の強みを損なうものではありません。むしろ、本人の意向が異動に反映されることで、OJTの精度とエンゲージメントが向上し、従業員が幅広い専門性をより効果的に醸成できる可能性を秘めています。これは、人口減少時代において企業が優秀な人材を惹きつけ、定着させる上でも不可欠な要素となり得ます。
結論
日本企業における人事異動の「本人同意原則」導入は、従来の慣習を打ち破り、従業員のキャリア形成と企業の人材戦略をより強固に結びつける画期的なアプローチです。この原則は、企業の個別判断で導入可能であり、大規模な制度改定を必要としないため、現実的な選択肢となり得ます。従業員の意向を尊重することで、OJTの効果を高め、専門性の醸成を促進し、ひいては企業全体の競争力向上に貢献するでしょう。これは、変化の激しい現代において、持続可能な成長を目指す日本企業にとって不可欠な働き方改革の一環と言えます。
参考文献
- 石山恒貴 (2023). 『人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」』 光文社新書.
- Yahoo!ニュース. (2023年〇月〇日). 「日本企業の総合職で…人事異動に社員の意見は反映されない」は昔の話に? 実は「働き方改革を進めている会社」は“ある取り組み”を進めている. (参照元記事に基づく情報提供のため、具体的な掲載日時は省略)