東京都大田区に位置する田園調布は、渋沢栄一が開発に携わった歴史を持つ、日本を代表する高級住宅街として知られています。渋谷区松濤や世田谷区成城、関西の芦屋市六麓荘など国内には他にも多くの邸宅街が存在しますが、「田園調布に家が建つ」といったフレーズに象徴されるように、今なお「お屋敷街の代名詞」としての地位を確立しています。その田園調布の玄関口である東急田園調布駅前に、今年11月、「民泊」が開業するというニュースが地域住民に大きな衝撃を与えました。
田園調布に広がる衝撃:駅前民泊への困惑
訪日外国人旅行者(インバウンド)が急増する現代において、民泊自体は珍しい存在ではありません。しかし、田園調布が持つ独自の背景を考慮すると、今回の件は異例の事態として受け止められています。この町は、敷地面積の分割制限によって美しい町並みを維持し、ホテルや大型スーパーを排して純粋な住宅街としてのステータスを守り続けてきました。そうした特別な地域において、町の玄関とも言える駅前に民泊ができるという知らせは、地元自治会長が「最初に告知を見た時はにわかには信じられなかった」と述懐するほど、町のイメージとかけ離れたものとして大きな波紋を呼んでいます。
この地域のシンボル、東急田園調布旧駅舎
大田区が推進する「特区民泊」の背景と羽田空港の役割
今回、田園調布の町に開業する民泊は、運営できる地域が限られているものの、認定手続きの手間と費用が比較的かからない「特区民泊」に該当します。大田区は、実は東京都内で唯一「特区民泊」が許可されている自治体であり、全国的に見てもその数は非常に珍しいです。2025年10月現在、全国で8カ所の自治体でのみ制度化されており、大阪市が圧倒的に多い約6500件を運用する中、大田区は約300件と、大阪市に次いで多い件数を誇ります。この大田区が特区民泊に注力する最大の理由は、日本の空の三大玄関の一つである羽田空港を擁していることにあります。
2010年に羽田空港の国際化が実現して以来、路線網は急速に拡大し、現在では国際線旅客数において成田空港の3分の2強の規模に達しています。大田区は、羽田に降り立ったインバウンド客を他区に直行させるだけでなく、少しでも区内に宿泊してもらうことで経済効果を生み出すという目算を、特区民泊に見出していると考えられます。この戦略は、増加する外国人観光客のニーズに応えつつ、地域の活性化を図るという意図が込められています。
民泊の種類とその規制
民泊は、文字通り「民家を旅行者などに有償で宿泊施設として提供する施設」を指し、主に以下の3種類に分類されます。
- 旅館業法による「簡易宿所」: ホテルや旅館と同様に旅館業法の規制を受け、営業日数の上限がありません。施設基準や衛生管理に関する厳格な要件が課せられます。
- 住宅宿泊事業法による「民泊新法による届け出住宅」: いわゆる「民泊新法」に基づいて届け出を行うもので、年間営業日数は180日以内に制限されます。住宅として利用されている建物を活用しやすく、個人でも比較的始めやすいのが特徴です。
- 国家戦略特別区域法による「特区民泊」: 国家戦略特別区域に指定された地域でのみ認められる民泊で、自治体が条例で定める日数の範囲内で営業が可能です。大田区の事例がこれに該当し、滞在日数の下限が設定されるなど、独自の運用基準が設けられています。
田園調布で開業する民泊は、この「特区民泊」の枠組みの下で運営されることになります。高級住宅街という特別な環境において、今後、この民泊が地域コミュニティとどのように共存し、どのような影響をもたらしていくのか、その動向が注目されています。





