私たちの身体は左右対称であり、地球上のほとんどの動物も同様の身体構造を持っています。自動車や飛行機といった多くの人工物もまた、左右対称に設計されています。この「左右対称」という一見当たり前の特徴には、進化生物学的に重要な意味があり、生命の根源的な要素である「脳」の誕生にも深く関わっているとされています。AI起業家であり脳研究者でもあるマックス・ベネット氏は、その著書『知性の未来:脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか』（恩蔵絢子訳）の中で、この左右対称な身体が持つ進化の秘密を詳細に解説しています。
ほとんどの動物が持つ「左右相称」の身体
動物界には一見、アリからワニ、エビから猫まで、信じられないほどの多様性があるように見えます。しかし、深く掘り下げてみると、その多様性の裏に驚くべき「均一性」が存在することが明らかになります。地球上のほぼすべての動物は、共通のボディプラン、すなわち身体構造の形式を持っています。これには、口と脳、主要な感覚器官（目や耳など）が位置する「前」と、老廃物を排出する「後ろ」という明確な区別が含まれます。
進化生物学者たちは、この特徴的な左右対称の身体構造を持つ動物を「左右相称動物（bilaterian）」と分類しています。これは、サンゴ、イソギンチャク、クラゲといった、私たちから最も遠い動物の仲間たちが持つ「放射相称」のボディプランとは対照的です。
放射相称動物と左右相称動物の身体構造を比較したイラスト
放射相称動物には「前」と「後ろ」という区別がなく、中心軸の周りに同じようなパーツが放射状に並んでいます。これら二つのカテゴリーの動物を比較する際、最も顕著な違いの一つは食事方法にあります。左右相称動物は口から食物を取り込み、別の開口部（肛門）から不要なものを排出します。一方、放射相称動物には開口部が一つしかなく、そこから食物を胃に送り込み、同じ場所から消化されなかったものを吐き出すのです。この点において、左右相称動物はより「行儀が良い」と言えるかもしれません。
進化の謎：放射相称から左右相称へ
最初の動物は放射相称動物であったと考えられていますが、今日見られるほとんどの動物種は左右相称動物です。ミミズから私たち人間まで、現代の左右相称動物は驚くほど多様な形態を示していますが、これらはすべて約5億5000万年前に生息していた、ある左右相称動物（共通の祖先）の子孫であると考えられています。
ミミズから人間まで多様な左右相称動物の系統樹と共通祖先のイラスト
では、なぜ古代の動物の一系統において、ボディプランは放射対称から左右対称へと劇的に変化したのでしょうか。この進化の転換は、生物が移動し、環境を探索し、そして最終的には複雑な脳を発達させる上で不可欠なステップであったと示唆されています。左右対称は、獲物を追いかけたり、危険から逃れたりするための効率的な移動を可能にし、それに伴い、進行方向の情報を処理するための高度な感覚器官と中央集権的な脳の発展を促したのです。
人間を含む多くの動物が左右対称である理由を示すイメージ
この左右対称への進化は、生命が地球上で多様化し、複雑な生態系を築き上げる上での決定的な要因となり、今日の私たちが知る動物の姿を形作っています。マックス・ベネット氏の解説は、この基本的な身体構造の背後にある深遠な進化の物語と、それが脳の誕生といかに密接に結びついているかを示しており、私たち自身の存在を再考させるものです。
