■今をより「よく生きる」ため
新型コロナウイルスが世界的流行となった。日々のニュースに接していると、やはり心が落ち着かなくなる。こういう時、心のよりどころになり得るのが古典や哲学書。ただし、これを機に読もうと思っても、相性や巡り合わせが悪ければ逆に嫌いになる恐れもある。「倫理」をテーマにした本書は「幸せに生きること」を追求した思想家・哲学者の箴言(しんげん)を集めた漫画だ。もしかしたら、心の平穏を取り戻すヒントが得られるかもしれない。
主な舞台は高校の倫理の授業。あからさまな問題児から優等生のようにみえる生徒まで、各話ごとに登場する。孤独、人間関係の悩み、少数派への“正義”の行使…。社会の縮図である学校で生徒たちの抱える悩みはいずれもありがちだが、それゆえ当人たちの絶望は根深い。
それに対し、主人公の男性教師・高柳は何を考えているかよく分からない人物だ。生徒たちの気持ちに寄り添おうとする一方で、「悩んでいる人間にしか興味がない」とも言い放つ。たばこが体に悪いことを理解しつつもやめられない。矛盾だらけの人間が矛盾だらけの人間に教えを説く-という皮肉が効いている。読んでスッキリはしないが、物事を考えるきっかけはくれる誠実な作品だ。
「学ばなくても将来困る事はほぼ無い」。倫理という教科について自虐的なセリフが物語冒頭で飛び出す。ただし、「悩まぬ豚より悩めるソクラテスであれ」(J・S・ミル)、「不安は自由のめまいだ」(キルケゴール)など本書に引用されたこれらの言葉は、現代人にもよく響く。「よく生きる(エウ・ゼーン)」(ソクラテス)ために彼らが人生をかけ生み出した言葉は、時代を超えた普遍的価値を有しているからだ。
現代は技術向上の代償として、デマや扇動的な言葉が瞬時に全世界に広がる。それらを見てしまい、心底うんざりしている今の自分には、1巻で引用された仏教の開祖シッダールタ(釈迦)の言葉が突き刺さった。
「何を読もうと聞かされようと 自分自身の理性が同意した事以外何も信じるな」
既刊4巻。(本間英士)