しばらく海外旅行はできないだろう。でも、自宅でロシアが誇る世界遺産、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館を訪ねてみるのも悪くない。
美術品が展示されたままの館内にカメラを持ち込み、90分ワンカットの手法でロマノフ王朝300年の歴史を描く、という内容だが、アレクサンドル・ソクーロフ監督の熱意は明らかに、ドラマよりも美術館をいかに美しく撮影するか、に注がれている。
19世紀ヨーロッパを体現した黒衣の男とともに、歴代皇帝のさまざまな場面に立ち会う。映像は文句なしに美しく優雅で、大舞踏会では世界的マエストロ、ワレリー・ゲルギエフの指揮によるマズルカが鳴り響く。
ところどころ哲学的で難解。芸術を作りたかったという監督は、たやすく俗物の観客を置いていく。こちらは「人は芸術を理解できる」という監督を信じ、ずっと意味を考えさせられる羽目になる。
実は映画を見ている最中よりも、後で思い返して美術品を調べたり、交わされた会話を咀嚼(そしゃく)したりする方が楽しい作品。とはいえ実際の旅行も、思い出になったときの方が楽しい。そういう意味でも、本当に海外旅行をした気にさせてくれる。
DVD(4800円+税)、ブルーレイ(5800円+税、いずれも紀伊國屋書店・ニューマスター版)。(三宅令)